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 各大学でオープンキャンパスが始まった。今年も大学選びをスタートさせる季節がやってきた。高校生、浪人生はもちろん、就職困難な大学4年生が大学院への進学を希望したり、もう一度、大学で自分を磨き直してみようかと考えたりする社会人、そんな皆さんも多いことだろう。

 日本では偏差値という高校までの入学者の成績で大学を評価する。これはどう考えても誤りである。大学は、入学者の能力よりは卒業者や教員の残した研究成果で評価するのが妥当だ。

 国際社会は当然のことながら、大学は大学が残した成果で評価する。英国の「タイムズ」紙がTimes Higher Education(THE)というサイトを運営している。このサイトは高等教育、つまり大学や大学院で高度な教育を受けた人々への雇用情報や、これから大学や大学院で学ぼうとする人々に世界中の大学の情報を提供する。

 僕も7年間の社会人生活の後に、30歳になってやっと大学院での学びを再開することができた。無職・無収入で生まれたばかりの子どもを連れて大学に戻るのは勇気のいる決断だった。そのころ(今もかもしれないが…)、社会人が大学で学ぶのは、一流企業やのん気な役所から派遣された社会人学生に限られていたことも辛かった。

 でも、アジアでは事情がまったく違っていた。当時、僕が学んでいた筑波大学には世帯用宿舎なるものがあって、僕たちの住んでいた宿舎も25世帯中4世帯だけが日本人世帯で、多くが苦学のアジア系外国人の世帯だった。家族持ちの外国人学生は当然僕と同じく無職だ。僕も同じ無職仲間としてアルバイトと奨学金探しに明け暮れつつ研究に打ち込んだ※1。

 ノーベル賞を受賞され、当時、筑波大学の学長だった江崎玲於奈先生が、僕たちの宿舎を視察された。そのとき、まだ1歳にならない長女を抱えていた妻に「大学内にナーサリースクール(保育園)がいるよね?」と尋ねられたのが印象的だった※2。日本でも社会に出てから、また大学で学ぶといったことが普通になってほしい。

 複雑な問題を抱える現代社会の学問には多くの時間が必要だし、学問に取り組む数多くの人材も必要である。経済成長がせっかく一息ついたのだから、その時間を利用して世界に貢献する人材を育成する政策が欲しい。