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 私は松浦晋也のL/Dというブログを運営している。アクセスは多いときもあり少ないときもあり、日々アクセス数に一喜一憂しているわけだが、ある時気が付いた。

 同じ話題を扱ったり、過去記事の続きを書いたりした場合に、時として最新記事の中に自分の書いた過去の記事へのリンクを挿入することがある。この場合は何人の読者がリンクをクリックして、最新記事から過去記事に飛んだかをアクセス解析で知ることができる。

 ところが最新記事のアクセス数に比べて、リンクされた過去記事のアクセス数がずいぶんと少ない。最新記事を読む人に対して、用意したリンク経由で過去記事を読む人はどんなに多く見積もってても一割程度なのだ。

 考えてみれば奇妙な話だ。インターネットはネット内に存在する他のコンテンツに簡単にリンクを張ることができる。それゆえ、ネット上での議論では、常に意見の根拠を示すことが要求される。いわゆる「ソースを出せ」という奴だ。情報ソースを出せという欲求が一般的である以上、当然それを読んでいる人は情報ソースへのリンクをクリックし、きちんと読んでいなければならない。

 が、ひょっとするときちんとソースを読んで自分の頭で改めて考えている人は意外に少ないのではないか――。

 そこで思い出したのが、今や色々な意味でネットの中で無視できない情報中枢となっている“2ちゃんねる”だった。匿名掲示板の2ちゃんねるには、様々な話題を扱う小掲示板(スレッドという。2ちゃんねる用語では“スレ”だ)が存在しており、その質はまさに玉石混淆。荒らしの書き込みが跳梁跋扈するスレもあれば、高度な議論が粛々と進行するスレあり、その混沌とした様は実社会の反映と言うにふさわしい。

 2ちゃんねるの議論は匿名故だろうか、しつこいほどに情報ソースを要求される。ソースの提示ができるかどうかで、議論の流れが当たり前のように変わる。

 だが、そのスレを読んでいる人は、いったいどの程度ソースを示すリンクをクリックして読んでいるのだろうか。

 自分の行動を省みると、正直あまり読んでいない。2ちゃんねんるにはあまりに大量の情報があるので、スレを読むだけで「もういいや」という気分になってしまう。よほど興味のあるリンクでなければ、改めてクリックをせず、議論の流れでリンク先の内容をおぼろに想像するぐらいですませてしまう。

 人間は一般的に面倒くさがり屋だ。