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須川 賢洋、新潟大学法学部助教

 今回も法改正の話をしてみたいと思う。

 著作権法が今年改正されたことは本コラムの第1回で書いた通りだが、セキュリティに関する法律で他に改正された重要なものとして「不正競争防止法」がある。不正競争防止法は実は、ITの法律としては“伝家の宝刀”的な法律で、著作権法や特許法などの他の関連法で対応できない様々な事象に関して定めている。例えば、サイバースクワッターと呼ばれる「ドメインの不正占拠」などもこの不正競争防止法で禁止している。

 さて、この不正競争防止法における秘密保持に関する重要な規定として「営業秘密の保護」がある。「営業秘密」とは、(1)秘密管理性、(2)有用性、(3)非公知性の3つを満たすものであり、その典型例としては「コカコーラの成分」や「ケンタッキーフライドチキンのスパイス調合」などがある。そして顧客名簿のようなものでも、この3条件を満たせば営業秘密に成り得るとされている。

 そして今回、この営業秘密の持ち出しが不正競争に該当すると規定している第2条1項7号の文言が改正された。その条文の変更は次のようなものである。

[改正前]
・営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の競業その他の不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為

[改正後]
・営業秘密を保有する事業者(以下「保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為

 文言としてはたったの9文字、「不正の競業その他の」を削除しただけの修正であるが、この意味するところは非常に大きい。改正前の「不正の競業その他の」の言葉の意味するところは、「競業関係にある間柄」であるかどうかが前提条件とされた。つまり、ライバル企業における営業秘密の持ち出しや、その“そそのかし”のみが対象とされていたのである。そうすると、競合企業の利益確保に当てはまらない場合には、この条文が適用できないことになる。

 具体的にはどのような場合か。例えば、自分がギャンブルで負った借金のかたに会社の顧客名簿を持ち出し、それを売却した場合。あるいは、会社に内緒で学会誌に自分の研究論文を執筆し投稿しようとして、自社の技術情報を勝手に持ち出すような場合。いずれも類似の事件が最近起こっているので、思い当たる読者も多いであろう。盲点と言われればそれまでだが、このような場合に適用できなかったところに従来の不正競争防止法の欠点があった。

 つまり今回の改正は、競合他社が自社への不正な利益誘導をするだけでなく、個人が不正の利益を得んとしようとする場合においても法が適用できるようにし、刑罰を付与したことになる。多くの企業が、ともすれば軍事転用可能な技術を持ち得る我が国において、こういった事態にも法の網が被されたことは、安全保障上からも非常に大きな意味を持つと思われる。しかしながら、広い意味での国民の生活の安全や国益を考えた場合、今回の改正でもまだ不十分な点が残り、それらに関しては今後の課題として、さらなる法改正が望まれると言えよう。