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 読者の方々も日々の生活しながらどうにも「気になる」ことはあることだろう。中には気になって寝られないことだってあるかもしれない。仕事や人だったり世界情勢?……まで。趣味で、あれこれ気になる人もいるだろう。中には落語が気になり、足を運んでいただけるのは我々としたら嬉しい限りで、こと彦いちの落語会はアタシが行かなくては~と気になって覗いてくれる方は、それはそれは、ありがたい極致なわけです。

 で、僕自身も仕事の傍らこちらの読者の皆様と同じようにあっちのデジタル機器、こっちのモバイル機器が出るたびに嬉々としている。そんなアタシが、最近「気になる」と言えば、「気にとる……きにどる……キンドル」。バンザイ~。何がバンザイか分からないのだが、電子ブックリーダーの「アマゾンキンドル」が気になるのだ。

 以前PalmOS搭載のCLIEで漫画や文庫を読んで挫折した者としては夢のアイテムに見えてしょうがない。読みやすいという噂を聞いた。CLIEでも楽しく読めたのだが、液晶のバックライトで目が疲れた経験がある。キンドルの液晶はバックライトでなく、電子インクが使われていて紙に印刷したものと同じように見ることができる……と言われればいてもたってもいられない。

 以前モバイルギアの時にも思ったのだが、いつの頃から、見るための画面(液晶)がソフトに関わらずカラーの高画質に向かっているのはいかがなものかと感じている。よく考えてみると、これだけものが溢れる現代でも新聞はモノクロだし、それで十分だし。雑誌もモノクロページや淡い再生紙に描かれた掠れた絵だってとてもステキなページは沢山ある。

 なんでもかんでも光沢カラーの高級紙に描かれているわけではないのだ。また2次元の中で3次元を表すことだけがエライわけではないはずだ。

 もちろん液晶や見るものハードの表現力の可能性が広がることはとてもすばらしいことであるが、見る側の想像力を刺激する媒体もステキではないかということである。

 文庫は紙の上に存在する文字のみだが、どんな高画質の液晶よりも繊細で想像力豊かなものを生んでいる……と思っている。そういう世界ををデジタルで再現できるなんてわくわくする。

 まぁ伝わる世界は読み手の豊かさで変わるわけで難しいところであるが。

 そうだ、落語もそうだ。舞台上の目の前でなんだか色っぽくない怪しいおっさんが喋るだけ。字幕も解説もありゃしない。そんな正座したおっさんから色っぽい吉原の花魁から長屋の与太郎まで、はたまたムエタイのボクサーや宇宙人まで登場するのだから、本当にスゴイ! えっと・・表現力が偏るハードとしての噺家のアタシとしては、そこいらを汲んで観てくださいませというお願いで……ダメだ……哀願になってしまった。

 キンドルである。