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 私がこのコラムを仕上げている時に1通の電子メールを受け取った。FTC(米連邦取引委員会)が検討しているという、スポンサーから支援を受けたり金品を受け取ったりしてレビューを書いている「ブロガー」への規制への注意を促すものだった。

 この記事は6月に掲載されたもので、私はこの話を初めて聞いた。しかし、FTCに関しては決着がついたようだ(訳注:FTCは10月にガイドラインを公開し、ブロガーは金品での報酬を受け取ったレビューは推奨広告であるという事実を開示しなければならないと定めた)。次のステップは、裁判所の関与だろう。これは重大な方針になる可能性がある。この話はまだ終わっていない。

 私は普通、詳細が明らかになるまでこのような事柄について心配しない。私はいろいろな連邦政府機関が何をするか、いちいち気にすることはできない。なぜなら、「生きている憲法」(訳注:憲法は柔軟に適用できるとする米国の解釈)と言われるこの時代には、連邦政府機関は、ほとんどどんなことでもやる可能性があるからだ。例えば、FDA(米食品医薬品局)は、かなり前からその当初の役割以上のことをするようになり、それが大規模な製薬会社に非常に有利に働いて、大規模な製薬会社は小さな新興企業に脅かされる心配がなくなった。

 安全性に対する複雑なテストを行う余裕がある企業はなく、ましてFDAが主張する「有効性」のテストを行える企業はない。それができれば、大衆の安全はより高まるかもしれないが、そのコストは高い。私自身の見解は、政府は広告によって真実を主張すべきだというものだ。もし、誰かがその薬は「がまの油」であって、ほとんどの人がそれが価値がないと考えている一方で、それが死者をよみがえらせることができると信じる人々がいるとすれば、FDAはその代物は実はがまが流した油なので、使わないようにと主張すべきだということだ。私の見解が最も一般的なものではなく、受け入れられないことは承知している。