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 無事、南米ギアナ高地より戻ったものの、脳味噌が日々に追いついてないこの頃。

 キャンプ道具などのほか、IT噺家! としてデジタル機器も持参した。

 まずギアナ高地へ向かう前にベネズエラの首都カラカスで宿泊。エレベータはなく大きな荷物を4階までかついで上がるという街の小さなホテルだったが、無線LANが使えるらしい。部屋によって使えないとこもあるようだが僕の部屋は大丈夫そうだった。

 使いたい旨を伝えるとフロントのおねぇさんがテレビでサッカーを観戦しながら手書きで無線LANのキーを書いて渡してくれた。パソコンは持参していないのだが、ウィルコムのAdvanced/W-ZERO3[es]を無線LAN接続する。すぐにつながり快適に使えた。

 メールはGmailで普段通り使え、これはいいと思い、いくつか送ってみたのだが、先方には文字化けして送られていたようだ。慌てて英語で書いてみよう! と思うものの、どこかでみたような英語でHi dear~なんて仕事先にはとてもじゃないが送れないし、書いたところでその先が続かない。

 こうなったらと、ローマ字で送ることに。「ro-majide shiturei itasimasu~」なんて出国前に送ろうと思っていたメールを数通送信。便利というよりかえって失礼なような気持ちにもなった。

 南米アマゾンで日本語化したアマゾンキンドルを読むんだ、と鼻息荒かったのだが、この日ウチに忘れていたことに気がつく。とほほ。。

 翌日からコロンビアとベネズエラの国境を流れるオリノコ川をプエルトアヤクーチョという街から船で上りながら旅をした。途中、少数部族の村にお邪魔したり、巨大魚を釣るためルアーを投げたりした。

 ここでもデジタル機器はがんばってくれた。中でもデジカメは今回記録の道具として頼りにしている道具。最後の部族とも言われているヤノマミ族の人に会うことができた。我々が借りた船の持ち主がピュアロア族という部族の人だった。ピュアロア族は現在では街に下りて我々同様に暮らしている。その人がいたおかげで我々をヤノマミ族がいるところへ案内してくれたのだった。

 多数の部族が現代の暮らしをする中、ヤノマミ族は今でも全裸で暮らし、1万年前と同じ暮らしをしている。この連載と真逆にあるような……いや、便利さと快適さを削り最後に残る現代の道具を使う、という点では似ているところもあるかも……!?

 2009年、NHKのドキュメンタリー番組で取り上げられ壮絶な生活習慣が話題にもなった。と言っても我々にとって壮絶であるだけで、ヤノマミ族にとっては当たり前のこと。ヤノマミ族が、リコーGR DIGITALのモニターを見て不思議そうな顔をした。写真というものは知っているようだった。自分たちが写ることを嫌がることはなかったが、それを見て語ることを嫌がった。

 あとで聞いてみると過去を語ることはいけないことだったらしい。部族の子供たちの集まる学校へ行った。というより我々が勝手に入っていったのだ。すると先生が迎えてくれ、最初は遠巻きに見ていた子供たちもノートを持ってきて漢字やら絵を描いてくれとねだった。旅仲間の夢枕獏さんが文字を書き、イラストレータで絵師の寺田克也さんがどんどん絵を描いてゆく。

 僕は、何を書いていいのか分からなかったので、彼らの名前を漢字の当て字で書いていった。アレックスだと「荒区州」なんて思いつくまま書いていくと次から次へと「オレも私も~」と行列ができた。

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