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 初めてラジオを聴いた記憶は、4歳か5歳のころ、母が縫い物をしながら聴いていたラジオから流れていた小川知子の「小指の思い出」。
 小学生のころ、私の住んでいたアパートは割とよく停電したのだけれど、電気が通るようになるまで、ろうそくの灯りでラジオを聴いた。テンポ良く喋る「土居まさる」という人の名前が印象的だった。当時、文化放送のアナウンサーだったと思う。
 小学6年生にもなると、気の効いた子が土曜の深夜に放送されていた「鶴光のオールナイトニッポン」のちょっとエッチな面白いネタを休み明けの月曜日に話してくれたりして、ラジオがぐっと近しいものになった。

 その後、ニッポン放送の「欽ちゃんのドンといってみよう!」、「高島秀武の大入りダイヤルまだ宵の口」、「夜のドラマハウス」、文化放送の「電リク'75」…といった夜の番組を聴くようになる。
 RCサクセションの「スローバラード」やデビューしたばかりの谷山浩子の「おはようございますの帽子屋さん」が毎日のように流れていたのは「大入りダイヤルまだ宵の口」だったっけ?

 私が中高生のころは、音楽はレコードかラジオで聴くものだった。
 お小遣いをためてレコードを買うと何度も何度も聴いた。
 あるいは、聴きたい曲を電話やハガキでラジオ局にリクエストする。目当ての曲が運良くラジオから流れてきたら、すかさずラジカセで録音だ。
 レンタルショップもiTunesもiPodもYouTubeもニコニコ動画もない時代のお話。

 そのころのニッポン放送は、深夜12時からあおい輝彦と佐藤公彦(ケメ!)の「あおい君と佐藤クン」、その後が「かぜ耕士のたむたむたいむ」、さらに大石吾朗の「コッキーポップ」。
 私は、深夜1時からの「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)や「セイ!ヤング」(文化放送)や「パック・イン・ミュージック」(TBS)がどうしても聴きたい。
 しかし、「コッキーポップ」でオンエアされる知らない歌や大石吾朗の優しい語り口にやられてうっかり朝まで寝てしまうというアクシデントに見舞われたり、運良く「コッキーポップ」を乗り越えても、もし「セイ!ヤング」をチョイスした場合は、どの曜日も番組のアタマにその日の洋楽ランキングが紹介されるシステムだったので、ここで眠りに落ちてしまうこともしばしば。ぐー。

 「エアチェック」「ナショナルのクーガ」「ベリカード」「ルネ・ヴァン・ダール・ワタナベ」「ビバヤング」「レモンちゃん」「天才・秀才・バカ」「きりんさん」「ナッチャコ」「ラジオドラマ・宇宙戦艦ヤマト」「デッパガイコツ」「茶坊主」「あとは待つだけ」…といったフレーズに反応したアナタは私と同じ地方に育った同世代です。やあやあ、ご同輩。お互い年をとりましたな。

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