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 最近、電器屋さんではワールドカップを3Dで見よう! と盛り上がっている。サッカーどうぞより3Dどうぞ! が伝わってくる。

 先日、「アバター」に続き「アリス・イン・ワンダーランド」の3D映画を見た。3Dを体感できるよういろんな仕掛けがあった。うぉっつ! うひょ~っつ。2時間の楽しいアトラクションが終わった感じだ。はい。これまたストーリーより3Dどうですかかぁ~が伝わってくる。

 思い出してみると、もうどれくらい前だったか、それほどきれいではない映画館で白黒で見た黒澤明の「用心棒」。目の前で繰り広げられる痛快な場面の数々の三船敏郎は、僕の脳内ではすでに飛び出していた。そのあと見た、心に残る映画は全て脳内に3Dで残っている。今思えば、映像もスピーカーもそれほどよくなかっただろうに、しっかりと脳みそに「立体以上」が刻まれているのだ。スポーツ観戦だってプロレスだって小さなブラウン管のテレビで熱狂した。音楽もモノラルラジカセの小さなスピーカーから聞こえてくる音で心踊った。

 どんどん五感に入っている形が変化し、便利? になっていくのだが、根本を忘れないようにしよう~ということを最近は切に思う。思いつつ……新しいツールが出ると飛び付くのである。

 分かっちゃいるけどやめられないIT。

 余談だが、落語を3D映像でやってみようかという話が先日あった。ん!? これってどうなるのだ。例えば落語「時そば」であれば、お蕎麦をうまく食べる仕草が3Dになるわけで、蕎麦やつゆも箸もどこにも出てこない……。年齢不詳の着物着たおっさんが、あたかもあるような動きだけが立体になるわけだ。ということは3Dだが最終映像は脳内で処理する? ん~ちょっと新しいかも。

 これは実現しそうなときにまたお話させていただくことにして、分かっちゃいるけどやめられないである。

 iPadだってそうである。

 本というのは、本棚の薄茶けている思い出の数々の紙の集合体なのだ。ツルゲーネフの「初恋」を1枚めくるごとに胸がきゅんと……。すいません、それはウソです。本当は「筒井康隆」「横田順彌」……SFの数々。もちろん夢枕獏さんの本だって、いまだ終わらぬ結末を本棚で待っている。先日、本人に続きを聞いてしまったほどだ。

 iPad、ナニぃなんだぁ液晶で本が読めるぅだとぉ~。という気持ちの裏腹に実に見たくてしょうがない。いじりたくてしょがないです。

 電話だって話すことができればそれでいい。根本的には用件は会って話すのが一番。分かっている。分かっているが、やめらないスマートフォン。