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 少し前の話になってしまうが、ここで触れておきたい。災害時にネットを通じてボランティアができるということ、そして1人当たりの労力は少なくても合わせればそれなりに大きな力になるということ。

 震災から2カ月が過ぎようとしている。つい先日、駅の自販機に「震災の影響で品不足になることがあります」と貼り紙があった。かかりつけの歯科では東北出身の歯科医が被災地の応援で不在だと聞いた。今でもちょっとだけいつも通りではないことがあり、「ご不便おかけします」というようなお断りを見かける。

 不便というにはあたらないほどのささいな不便。事情によっては困る人もいるかもしれないが、致命的ではないので全く不満はない。むしろこちらの利便性を被災地に回してくれているのなら、そうあってほしいと思う。現実的に見れば、物資や支援の分配は完ぺきではないかもしれない。でも全体でちょっとずつでも分け合えば助け合うことができると思いたい。

 ふとこの災害が現代でなかったらと考えた。過去にも震災はあった。ゆっくりながらも陸地は移動を続けており、日本列島は特に地震の多い地域にある。昔の地層を見れば大きく動いた跡があるし、古文書にも地震や津波の記録が残る。祖先も震災を経験してきている。

 流通や情報などあらゆるネットワークが今ほど発達していない昔、災害はどんな姿だったのだろう。あらゆることが今より局地的に完結していたのではないかと想像する。被害も支援も。今では被災地から遠く離れた場所の工場でも、ある重要な部品が東北で生産されているため操業に影響が出てしまうなんてことが起きている。逆に日本全国から支援の手を差し伸べることもできる。現代はいろんな意味でつながっている。

 パーソンファインダーの登録ボランティアを通じてそう感じた。