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 最近Twitterが大喜利になりつつある。ハッシュタグが日本語対応したとたん、ハッシュタグが大喜利のお題として使われるようになってしまった。例えば「#東京あるある」というお題があると、回答者は「基本的に建物は宙に浮いてる #東京あるある」という具合にツイートする。即座に「ないない」とつっこみたくなるような、超未来的な回答に笑ってしまった。

 ほかにも「#歴史上の事件を一文字変えるとどうでもよくなる」なら「本能寺の恋」、「イエス・キリストの就活」、「コロンブス新大阪発見」など。見ていると笑いが止まらない。あまりはまらないように、RT(リツイート)をするにもスパムにならないように「1つのお題につき1つまで」と独自ルールで自制している。

 さて今日はダンスと動画の話。私ごとで恐縮だが、筆者は長らくダンスを習っている。8月下旬の舞台に向けて、仲間と一緒に練習に励んでいるところだ。先生が冷房苦手ということもあり部屋をあまり冷やさないため、この季節はみんなの熱気でスタジオの鏡が白く曇ることも多い。目の前が真っ白でみんなの姿が見えなくなってしまうと、めいめいがぞうきんを持ち出して拭いたりする。ひどくなると床が湿って滑りやすくなる。誰かが転ぶとモップを持ち出してせっせと拭いたりする。室内の湿度は最大まで上がっているのだろう。

 それはともかく、ダンスというのは記録するのが難しいコンテンツだと思う。普段の練習でも先生が見本を見せて、それを生徒が目と記憶でまねをする。デジタルに慣れた人間から見ると、とてもファジーな世界でもある。

 技の伝承という観点からすると、バレエはきちんと体系化されている。一連の決まった技を総じて「パ」と言い、大きなジャンプは「グランジュッテ」、回転は「シェネ」や「ピルエット」というように定義付けがされている。そのためバレエなら先生の足腰が弱って見本を見せられなかったとしても、技の名前を指定すればダンサーにどう動けばいいか伝えることができるようになっている。

 だが筆者が習っているようなコンテンポラリーダンスとか、新しい部類のダンスだと、まだそこまでシステマチックではない。バレエのパを基本にしているものの、より自由度が高く応用的な動きが多いので、伝承は先生が示す見本にかかっていたりする。先生は生徒が覚えるまで何度も「もう1回お願いします!」と見本をせびられ、けっこう大変そうである。……すみません、先生。

 普段の練習はともかく舞台で見せる群舞となると、ダンサー間で確実に共有しなくてはならない。ひとりが自分の都合に合わせてアレンジしてしまうと統一感がなくなってしまう。そういう意図がなかったとしても、時間が経つと多少動きが変化してしまうこともある。そのためにリハーサルでは何度も練習を重ね、微妙な違いや変化を補正していく。

 こうした作業はずっと人間の目と記憶に頼ってきた。ダンスの動きは言葉で表現しきれないので、記録するなら図を描画することになる。しかしダンスは3次元の世界なので紙の2次元では記録が難しい。記憶を呼び戻せるようなメモを残すのが精いっぱいだ。

 目と記憶に頼る、こんな世界にも近年デジタル機器が流入しつつある。デジカメの動画機能だ。携帯ビデオカメラを使う人もいる。当初は奇異な感じがあったが、今では普通になっている。かつては動画で撮影することで外部への流出を懸念する先生もいた。今では確実性を高めるために容認、むしろ推奨する先生が増えてきた。

 舞台のリハーサルでは、最後に何度か通して踊る。そのときに出演者がデジカメを取りだし、それぞれがスタジオの隅に設置して録画ボタンを押してから自分の場所に着く。最初は1人か2人だったのが、いまでは大半がそうしている。