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 「残念ながら、その日がやってきました」。

 アップルのスティーブ・ジョブズがCEOを退任するというニュースは、テクノロジー業界に限らず世界の大事件となった。アップルをリードできなくなったならば、自分自身でちゃんと知らせると語っていたジョブズが、とうとう辞表を提出したのだ。驚きというよりは、「いつかその日がやってくるかもしれない」とどこかで予想していた、あるいは怖れていたのが、本当のことになってしまったというところだ。

 この日がやってこなければ、われわれにとっては楽しみなことがいくつもあった。

 アップルの次のびっくりプロダクトの登場。それをプレゼンするジョブズの様子。テクノロジー、メディアなどを巻き込んだ、あっと驚くような業界の再編成。付け加えれば、彼を深刻な病から立ち直らせる医学の進歩などである。ジョブズという天才がどう老いていくのかも、興味のひとつだった。

 これまで奇跡のようなことを起こしてきた人物だけに、「ひょっとしたら」という思いが誰の胸にもあっただろう。だが今回の発表で、それらを目撃することがもうかなわないかもしれないと分かった。

 日本の3.11、リビアのカダフィ政権崩壊、東海岸で起こった地震、そしてここ数日のハリケーン「アイリーン」の打撃など、世界情勢の変化や自然災害などが続く中で、世界が新しい波に洗われていて、ジョブズが去ることも、歴史のページがひとつ繰られたという感覚をいやおうにも強める。テクノロジー業界でも、グーグルのモトローラ・モビリティー買収や、ヒューレット・パッカードのモバイルおよびPC事業からの撤退など、大きなうねりが起きている。

 愛憎半ばする強い感情を人々の間に巻き起こした人物だけに、ジョブズの退任はいろいろなことを考えさせる。メディアも、アップルの今後から後任ティム・クックの適性、ドラマティックなジョブズの人生、がん専門医の意見などさまざまな視点から、このニュースを伝えている。

 最新のニュースは、幼い頃にジョブズを里子に出した生みの父親が、それを後悔しているというもの。生みの父親は現在80歳。シリアからの移民で、ジョブズの生みの母親の家族に結婚を反対されたため、やむなくジョブズを里子に出したのだという。マシーンのごとく動き続けるアメリカのメディアによって、今後もあれこれの話が掘り出されることと思う。節度が保てるかどうかが課題だろう。

 さて、私自身にとって、ジョブズとアップルを見ることは何がおもしろかったのかと考えると、ジョブズの奇人ぶりを除けば、やはりテクノロジー製品にデザインの要素を盛り込んだことだ。しかもデザインと言ってもただのうわべの化粧ではなく、製品の使い心地や、そして産業を組み替えることによって、人々にこれまでにない体験をさせるといった、深い意味でのデザインである。その深いデザインをコミュニケートさせるために、ハードウエア上の完璧なデザイン処理があったのだと思う。

 私自身は、テクノロジー専門業界のアウトサイダーなので、アップルのような製品があること自体がシリコンバレーとのつながりをつくってくれていたようにも思う。そうした製品へのアプローチは今、ハードウエアでもソフトウエアでも重要なものとして捉えられているが、それもアップルの影響だろう。