アップルの行くべき道筋を明確に示し続け、手がける分野で他の追随を全く許さない領域にまで引き上げた同社の総帥、スティーブ・ジョブズが第一線から退いた。一時は復帰は難しいのではとも思われたすい臓ガンを克服し、短期間の病気療養休暇を取りながら重要な製品発表の場には必ず姿を現した。「この製品、ほら、こんなにすごいだろ」と実際に動かして見せながらその活用法を説明する。株式時価総額で、今年8月、石油大手エクソンモービルを抜き、全米一となった企業のCEO(最高経営責任者)がその製品の隅々まで語る、なんて他にない。自らが生み出した製品をこよなく愛し、自らユーザーとして使いこなす。そのスティーブが先頭からいなくなってしまったらアップルはどうなってしまうのだろう。
気に入らないものは言下に却下
スティーブと一緒に製品開発をしたことのある技術者の話を聞くと面白い。まだ誰も目にしたこともないような新技術を搭載した粗削りのモックアップをちらりと見ただけで、その隠れた可能性を瞬時に見抜き、「こんな風に使える、あんなこともできるんじゃないか?」と素晴らしい洞察力とイマジネーションを持っていて、素晴らしいと絶賛する。しかし、その後が大変だ。そのモックアップを動かすために、並行して進めている複数のプロジェクトのうち、重要と思われるものであっても、次々に「これは不要」と切り捨てられ、うまく生き残ったものは、逆に数年先にしか実現できそうもない目標にレベルアップさせられる。
マイクロソフトのビル・ゲイツ会長とはアプローチが全く違う。ビルは今ある資源で何ができるだろう、とゴールを定めるが、スティーブはこの資源をフルに使うとゴールはどこまで先に置けるだろうと思索する。任された技術者は「今はできそうもない」とんでもないゴールを示され困惑するが「やりがいのある仕事だった」とプロジェクト完了後に振り返ることになる。
ハードウエアの進化を見据えて数年先にゴールを置くものだから、デビュー機はハードがアップグレードされるまで制約が残ってしまうものもある。初代のMacがそうだったし、iPhoneも初代機は今考えると負荷の大き過ぎたマシンだった。しかし、CPUの世代交代、メモリー容量の増大など同じものが内部的に進化すると、がぜん、その先進性が輝いてくる。市場が追い付いてくるまでにアップル製品はその先を快調に飛ばして行く、という寸法だ。