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 どんなにIT社会が進もうとも、噺家という仕事、つまり生の芸能の姿は江戸時代から変わってない。ある場所にお客さんと同じ空間と時間を過ごす。生の演劇、コンサート同様である。

 その場所と時間を記したものはインターネットやメールなどでお客様の手元にお届けする方法はあるのだが、それを感じるにはやはり会場に足を運ぶという形なのだ。だからこそ、やる側も全身全霊で表現する。もっとも落語を全身全霊でやられてもお客さんが疲れるので、ほどということではあるが。

 それをお知らせするのも、やはり紙に印刷したチラシ、ビラと呼ばれるものを使う。最近ではフライヤーという言い方も聞くが楽屋ではビラである。A4やB5サイズくらいが多い。これをいろんな寄席やホール、劇場などに置いたりして知っている方は日時場所を、知らない方にも興味を持ってもらったりするものを作る。

 ひょっとしたら、いつの日か会場ロビーなどにタブレット型の端末が置いてあって、指でスラスラ~っと見て気になったものをプリントアウトする。いやそのまま自分の端末にサッと送る……というサービスが始まるかもしれない。

 これはよさそうだ。知り合いのお芝居や音楽のライブなどに出かけると、分厚い冊子くらいのチラシの束を渡されて弱ることもある。一方で、紙の一枚がいとおしいくなるほどいいチラシがあったりするから、これまた困る。行ったこともない知らないバンドや劇団さんでも、チラシだけで吸い込まれてしまうのだ。いわゆるCDでいうところのジャケ買いである。余談だが、そういえば北海道函館の魚市場に、パッと見ただけでいい鮭を一発で選ぶ達人がいた。「シャケ買いのやっさん」と呼ばれていた。本当に余談だ。

 いいチラシはまぁそれでいいとして、問題なのは、自分が出演したチラシである。前座から二つ目の頃は、何かと記念にとっておいたものだが、この数年は誰かがデータできっと持っているだろう~、とか、とっておいてもなぁ~、という日々の流れでチラシは手元には残っていない。もっともかなりの数になるのであっても置き場に困ってしまう。

 ただ何かで使うかもしれないし、落語会の場合、お芝居の劇団員さんと違い、毎回、いや毎日違う人と出演しているので、意外な組み合わせがあるからチラシはとっておきたい気持ちはある。ましてや気持ちがたくさん入った落語会のチラシなどは捨てられるわけがない。

 落語会が終わってウチに戻り、スキャナーで読み込んで整理しようと思ったこともあったが2日も続かなかった。現在あっちこっちの隙間に押し花のごとく点在しているはずだ。