PR

 人には夢がある。でもほとんどの人が、その夢を叶えられずに死んでいく。それは叶わぬ夢だからだ。俺達落語家の最高峰の舞台はどこかと言えば、寄席の高座と言う人もいれば、笑点のメンバーになることだと言う人もいる。

 客席数で言えば有楽町のよみうりホールが1500人収容で都内最大だ。そう言う意味では最高峰の舞台だ。この広いホールでお客さんを爆笑させたら、それは売れっ子の証である。俺も何度か上がったことがあるが、笑いが後ろのお客さんに届くまで時間差があるので、つい間延びしてしまい自分の間をつかめず苦労した。また自分で最後尾の席に座ってみたが、座布団に座った落語家なんてウズラの卵くらいにしか見えないのだ。だから落語家がお客さんを感動させ満足させるには、このくらいのキャパが限界だと思う。やはり一人の力ではこれ以上は無理だと思う……なんて人間の限界に線を引くな!!

 たった一人、マイク一つで、何万人を感動させるエンターテイナーがいるではないか。それは歌手である。オペラ歌手、演歌歌手、ロックスター、尾崎豊、浜崎あゆみ、スーザンボイル。日本武道館や横浜スーパーアリーナで何万人の前で芸を披露している。お江戸日本橋亭で100人の客の前で芸を披露して満足している俺達と違うのだ。

 何が違うのか? 落語は声だけでなく、顔の表情、仕草、そして客との距離感が大切だ。落語はビールと一緒で生が一番。直接声を聞き、直接見る。落語家全部の雰囲気、オーラをその場で感じる。だからマイクを通して何万人の耳に届いても一体感が生まれない。オーロラビジョンに顔が大画面で映っても何かを通した顔には説得力がない。だからテレビの落語はイマイチつまらない。

 しかし歌手の歌声は違う。声に全ての魂を乗せて届けるから大観衆が感動するのだ。マイクを通せばその魂は増幅され、熱狂した観客はその歌声にしびれ、感動が渦を巻き広い会場の隅々まで届くのだ。何万人をひきつける魅力がそこにある。だから俺も歌手になりたい。それも何万人を感動させることのできる歌手に。これが俺の夢です。

 この恥ずかしい夢を聞いて、「お前そんな才能あるのか? 落語だって上手く喋れないくせに」と思う方もいるでしょう。でもね、こう見えても作詞作曲はできるんです。自作落語の「牛丼晴れ舞台」という話があって、最後に牛肉と玉ねぎが牛丼を称える歌をデュエットする。どんな歌詞かと言うと、

「♪~寂しいあなたに食べて欲しいの~栄養たっぷり早くて美味い~玉ねぎぎゅっと噛み締めて、つゆだくご飯を平らげろ~花嫁衣装の紅生姜~七味はたくかけないで、生卵は1個まで~あーあー2人の牛丼晴れ舞台~♪」

 どう、なかなかいけるでしょ? 歌詞三番まであるからね。