PR

 フェイスブックのIPOが終わって、何年間も続いた騒ぎがやっと収まった気分だ。だが、そのIPOの後に驚きが待っていた。ひとつは、同社の株価がさっぱり上がらないことだ。

 これだけ前評判が高く、ベンチャーキャピタルが群がった企業だというのに、フェイスブックの株価は公開後ずっと低迷し、公開時の株価を下回っている。いったいあの大騒ぎは何だったのだろうかと思うほどだ。

 世間は正直ということなのだろうか。いくらベンチャーキャピタルが内輪で企業価値を高めても、そしてどんなにユーザーが増えても、一抹の不安要素がフェイスブックにはまだあるということなのだろう。

 もちろん、公開時の株価が高く設定され過ぎていたことも一因かもしれない。だが、もしフェイスブックの潜在力に人々が確信を持っていたら、こんなことにならなかったと思うのだ。今は投機的に、他人が株を大量に買って株価が上昇しそうならば、自分も買おうと狙っている人々ばかりなのだろう。

 最近は、このように期待は大きかったのに実際はさっぱり、という例がいくつかある。ソーシャルゲームのジンガやクーポン販売のグルーポンがそうだ。経済不況が長く続いたため、世間は景気のいい話を心の底から待ち望んでいたのに、ジンガやグルーポンを持ち上げている話題や期待にはどこか上滑りで人工的なところがあった。だから実際にIPOをしても株に人気が出ないのは、その化けの皮がはがれてしまったのが理由といったようなところがあるのだ。

 似たことがフェイスブックにも起こっているのだろうか。ともかくIPOに向けての騒ぎが長過ぎて、大き過ぎたことは確かだ。フェイスブックから発せられる“宣伝”の波に、世間がついて行けず、息が切れていたようなところもある。

 GMは、フェイスブックへの広告のために取っておいた1000万ドルの予算を、「効果がない」からなしにするとIPO直前に発表したのだが、他の企業も同様の処置に出たら、フェイスブックにとっては痛手だ。株価が上がらないことが、ユーザー獲得にも影響を与える可能性もある。私自身は、あの人工的な前評判にうんざりしていたので、正直なところ、この静けさは世間の正気さを感じさせてくれて、歓迎である。