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 ここまでの連載6回分で、原子炉という道具がどんなものであるかを説明してきた。今回からは、2011年3月11日に東京電力福島第一原子力発電所で起きた事故の概要を追っていこう。すでに多くの分析が行われており、皆さんも日々の報道を見聞しているだろう。が、きちんとした知識を持った上で経緯を追っていくと、今までとは違った視点から事故の全体像が見えてくるはずである。

 事故に関しては、国の調査の他にも民間の独立した調査も行われており、報告書も出ている。そこでは誰がどう話したとか、何を決断したといったことも調査の対象になっており、政治家の行動や行政関係者の発言、実際に原発を動かしていた東京電力の姿勢といったものも問題になっている。が、ここではそういった“人間”の問題は扱わない。あくまで、福島第一原子力発電所という“もの”が、どういう状態になり、どのような経緯をたどって今ある状態になったかを見ていくことにする。人間に関しては事態に対してどのように働きかけたかのみを扱うことになる。

 資料としては、「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の中間報告」をベースとしつつ、適宜民間の報告書や東京電力の発表東京電力の中間報告書、各種報道などを使用していくことにする。出典を特に明記されてない場合は、事故調査・検証委員会の報告書であり、それ以外の資料の場合はその都度出典を明記しておく。

 まず、押さえておかねばならないのは初期条件だ。福島第一原子力発電所の設備がどんなもので、2011年3月11日午後2時46分の震災発生時点でどんな状態にあったかということだ。事故の出発点の状態を理解することで、初めてその後の変化を追跡することが可能になる。