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 こういうのを「skeuomorphism」(スキューアモーフィズム)と呼ぶのか、と初めて知った。

 アップル上級副社長のクビ騒ぎで出てきた言葉である。意味するところは、「ある機能性を、別の装飾的なものによって表現すること」とか、「もともとの素材やテクニックによって作られたかたちを真似て、デザインや装飾を施すこと」。辞書を見ると、こういう定義が出てくる。

 アップルの製品に照らして語ると、例えばiPhoneやiPadの「カレンダー」は、アイコンが従来の紙製の壁掛けカレンダーのようなかたちになっている。アイコンを開いてアプリを使っても、やはり同じように紙製のカレンダーのような使い心地がある。あるいは、「連絡先」も昔持ち歩いていた住所録のようなつくりになっている。そういう、よく知っているものをデジタル上で受け継いでいることが「skeuomorphism」だ。

 「skeuomorphism」をアップルが用いてきたのは、ユーザーが親しみを持ち、より使いやすく感じられるようにとの意図からである。電子化しても、今まで使っていたものと見た目やしくみに共通性を持たせることによって、一目で用途が分かり、また実際に利用する際も今までのやり方を踏襲すればかなり使いこなせる、というわけだ。

 さて、解任劇の話題に戻ると、クビになった上級副社長は、iOSを担当してきた有名なスコット・フォーストール。解任の原因は、例のiOS 6の未完成地図アプリ騒動で、担当者であるフォーストールが謝罪の新聞広告に自分の名前で署名することを拒んだからだという。代わりに謝罪したのは、CEO のティム・クック。そうでなくても、フォーストールは、人一倍大きなエゴでまわりのエンジニアらとしっくりいっていなかったという。彼のクビを「静かに喜んでいる」人々がたくさんいるらしい。

 フォーストールが去った後、彼の任務は数人の重役によって引き継がれる。ことに、新たにヒューマンインタフェース部門が作られ、これをハードウエアのデザインのトップを務めてきたジョナサン・アイブが兼任するという。

 そこで「skeuomorphism」だが、これはフォーストールがずいぶん推進してきたものである。NeXTコンピュータに在籍するなど、亡きジョブズとかなり近い関係にあり、ジョブズが好んでいた「skeuomorphism」をその後もずっと唱えてきたのである。

 考えてみれば、アップルは生まれた当時から「skeuomorphism」を利用していた。コンピューター画面のファイルアイコンとか、プリンターアイコンとか、全ては従来の机のまわりにある物を分かりやすく示したものだった。だいたい「アイコン」自体が「skeuomorphism」のなせる技である。

 で、フォーストールが去るのを機に、アップルは「skeuomorphism」から離れるのではないかと見られているのだ。そうなると、これはアップルにとってはかなりの変貌となるはずだ。

 「skeuomorphism」は、みんなが知っているもののアナロジー(類似性)や比喩を用いるので分かりやすい利点がある半面、もとのイメージに縛り付けられるという欠点もある。例えば、アップルのiBooksにおいて、買った本を木製の本棚に並べられるしくみを考えてみる。電子書籍ならばクラウドから読んだり、同じキーワードが出てくるページを複数の本を出して並べたり、といったようなこともできるようになるだろう。そうした際に、物理的な本を真似たデザインでは電子書籍ならではの飛躍が表現しにくくなる。

 また、デジタルネイティブな若い世代は、だいたいオリジナルのもの自体を知らないかもしれない。例えば、紙製の住所録など持ったこともないという世代は、もういるはずだ。そんな世代には、紙製の住所録を真似た「skeuomorphism」の方が不可解なものになるだろう。

 ということで、アップルのインタフェースデザインは新時代に突入しそうだ。無駄のないミニマリスト的なデザインアプローチを採るジョナサン・アイブの下でどういったソフトウエア画面が出てくるのか、非常に楽しみである。その一方で、アップルを特徴づけてきた愛らしい「アイコン」の歴史が完全に途絶えてしまうのも、残念である。ハードウエアデザインがミニマルで、さらにインタフェースまでミニマルだと、ちょっと寂しいかもしれない、と思うのだ。アイブの新たな手腕を拝見というところだ。