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 これからだんだんと気温が上がり、暑い夏がやってくる。今から20年前、極貧の二つ目時代に住んでいたボロアパートは、夏になるとまさしく灼熱地獄だった。池袋駅から徒歩5分という立地条件は抜群なのに6畳一間で1万円という安さ。

 幽霊は出ないが怪しい外人ばかりで隣の部屋からはいつも何語か分からない呪文が聞こえてきた。そして周りはラブホテルに囲まれているため、大量のクーラーの熱風がそのボロアパートに吹き付けられ、めちゃ暑い日の夕方、寄席からの帰り道、ふと見上げるとアパートが蜃気楼みたいに揺れている時があった。

 部屋に帰って窓を開けても、ビルにふさがれているから、そよとも風は入って来ない。兄弟子からもらった扇風機を付けても熱い風をかき混ぜるだけで、こんがり焼けそうだ。しかたないので共同炊事場で水を浴びて、まだいくらか涼しいコンクリートの廊下の床で寝ていた。

 さすがに大家さんから「他の住人から行き倒れがいると苦情が出ているのでやめてくれ」と言われ、金をかき集めてクーラーを買うことにした。もちろんちゃんとした電気屋さんで買えるわけもなく、道の片隅で中古の家電を並べて売っているおっさんから、窓にはめ込むタイプのクーラーを値切って5000円で買った。

 「これで涼しい部屋で寝られるぞ」と喜んで、夜スイッチを入れるとガタガタと大きな音がして部屋中が揺れる。取り付け方が悪かったのかクーラーが上下左右に飛び跳ね、モーターはゴゴガガガと凄まじい音を出した。それでも我慢していると、クーラーから涼しい風がやっと吹き出してきた。「バンザイ、やったー」と俺も叫んだその瞬間、プツっと音がして、天井の蛍光灯が消え、テレビが消え、そしてクーラーが止まった。

 「ええ、どういうことだ」と窓を開けるとアパート中の明かりが消えているではないか。なんとアパートのブレーカーが落ちてしまったのだ。なんという少ない電気量なんだ。驚くことに、今までこのアパートでクーラーが使われたことがなかったそうだ。この事件以降、俺がクーラーを使う場合、部屋の電気製品を全て消して使わなくてはいけない決まりとなった。涼しい部屋で冷えたビールを飲みながらナイターの試合を見るなんて不可能。クーラーをつけたら真っ暗な部屋でモーター音を聞きながら膝を抱えてじっとしていることしかできない。何かの修行か! と愚痴を言っていたことが懐かしい。

 ……おいおい、何の回想シーンだよ、と怒ったあなた。実は俺の家が変わったのだ。