PR

 「チ・ン・ピ・ラ」の川島透監督と、トコは仲良し。で、先日、川島監督のトークショーがあり。その、進行を頼まれたの。そこに永井博さん(ロングバケーションなどのイラストで有名)も加わりました。

[画像のクリックで拡大表示]

 楽屋で歓談中。ていうか、怖いわあ監督。イベントでは、一緒に懐かしいCMを見ました。川島監督が撮った関西ドコモのCMで、出演者が、みやこ蝶々、赤井英和。ようかんくらいの大きさの携帯電話なのよ。もちろん、機能は通話のみ。メールもアプリもありません。なんだか、当時の携帯のシンプルさがうらやましいなー。

 さあ、そのCMでの川島監督エピソードをトコが朗読しました。面白い話なので再録します。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 ドコモ関西、初のコマーシャルだった。たこ焼き屋を営む母と全国を飛び回るサラリーマンの息子を中心とした家族物、息子は赤井英和、母はミヤコ蝶々。僕は蝶々さんに惹かれて演出を快諾した。

「お前どこのもんや」
その、初顔合わせの第一声がこれだった。

「東京に住んでますが」
「ちゃう、どこの生まれや聞いてんのや」
「福岡です」
「ほう、福岡で生まれて東京で暮らしとるもんが関西のCM撮れるんかい」

 僕の短気を知る周囲の人々に緊張が走った。
「蝶々さんがおっしゃる通りだとすれば、時代劇を撮れる者は、この世にはいないことになりますね」

 同行した代理店の重役をはじめ、その場にいた人々が凍り付くのが分かった。
「……ほう、お前もなかなか言うやないか」と蝶々さんが笑みを浮かべた。夢に出てきそうな笑顔だった。

 幸いCMは評判が良く、すぐにシリーズ化され2年足らずの間に十数本が制作された。

 シリーズ最後の撮影終了の日。
「これでお別れや」
「はい」
「淋しゅうなるのう」

 感動的な場面になりかけていた。そして蝶々さんが言った。
「お前には時々会いたいさけ、(親指を立て)儂のコレにならんか?」

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 なんかさ、当時の監督のとんがり具合とか、現場の熱気が伝わりますよね。