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 この夏はイプシロンロケットの打ち上げ取材に走り回り、連載が一カ月以上空いてしまいました。申し訳ありません。

 1年以上続けてきた「原子力発電を考える」最終回です。前回、2009年6月24日、資源エネルギー庁・原子力安全・保安院原子力安全・保安部会・耐震・構造設計小委員会の地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループ第32回会合が、福島第一原子力発電所事故が発生するに当たって、運命の分かれ目となったというところで引きました。今回はその話から始めます。

 この日の資料は、旧原子力安全・保安院のページで、議事録(pdfファイル)、そして配付資料が公開されている。

 2009年当時の現力発電所の安全を保つ体制は、資源エネルギー庁に置いた原子力安全・保安院の管轄だった。原子力安全・保安院には体制を審議するための原子力安全・保安部会が設置されていた。原子力安全・保安部会には個別のテーマを審議するために数多くの小委員会があった。その中の耐震・構造設計小委員会の、そのまた下の地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループで、大変重要な課題が話し合われていたのである。

 そもそも地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループの設置された理由は、2007年7月16日に発生した新潟県中越沖地震にあった。震度6の揺れに襲われた東京電力・柏崎刈羽原子力発電所では、運転中の原子炉がすべて緊急停止し、変電施設で火災が発生した。

 この時、報道では火災が大きくクローズアップされたが、それ以上に重大なことは、発電所に設置された地震計が施設設計時の想定よりも強い揺れを観測したことだった。

 その結果、耐震基準を見直す必要があるということになり、この地震・津波、地質・地盤合同ワーキンググループが発足したのである。同ワーキンググループは基準の見直しと並行して既存の原子力発電所施設の耐震性審査を進め、この第32回会合の議題には、東京電力による福島第一および福島第二原子力発電所の地質構造の再調査の報告と、それに伴う耐震基準見直しが含まれていた。