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現場がよろしく回してきた日本社会

 コンプライアンス(compliance)――辞書を調べると「命令服従、法令遵守、外力が加わった時の物質の弾力性」などと出てくる。この場合は「規則をきちんと守ること」だ。

 コンプライアンスの強化というからには、先に書いたとおり、その前には「コンプライアンスが緩い状態」が存在した。実際、日本のガバナンスは緩いコンプライアンスを前提としていたといっていい。「規則は規則で、なにかあったら現場で適当に規則を曲げてうまくやっちゃう」ことで、日本の社会は回ってきたのである。

 日本の公官庁、あるいは会社では長い間「定年になる直前、1日だけ1つ職位を昇進する制度」というものがあった。1日だけ昇進すると,定年時の職位が一つ上がり、それだけ年金などで有利になる。一応「それまでの働きが優秀だった者」を表彰する制度ということになっていたが、実際にはほぼ全員がこの制度の恩恵に浴してきた。お手盛りもいいところだ。

 だが、その一方で、公官庁の場合は民間に比べて安い給料を人生のトータルで補填するという意味もあった。

 この制度があったからか、太平洋戦争時には「ポツダム少尉」という現象まで起きた。太平洋戦争に負けた時、軍の人事がもうヤケだやっちゃえとばかりに軍人をまとめて昇進させ、下士官だった人が尉官に昇進する例が続出したのである。下士官と尉官とでは退職後の恩給に雲泥の差がある。ポツダム少尉となった人は、その後の人生でかなり金銭的に得をしたという。

 そんな昔の話を掘り返さなくても、コンプライアンスの緩い時代の名残は、法律にも残っている。軽犯罪法を読んでみよう。

  • 生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの(1条の4)
  • 正当な理由がなくて他人の標灯又は街路その他公衆の通行し、若しくは集合する場所に設けられた灯火を消した者 (1条の6)
  • 相当の注意をしないで、建物、森林その他燃えるような物の附近で火をたき、又はガソリンその他引火し易い物の附近で火気を用いた者 (1条の9)
  • 街路又は公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者(1条の26、有名な「立ち小便は犯罪」の根拠はこの条文だ)
  • 他人の進路に立ちふさがつて、若しくはその身辺に群がつて立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとつた者(1条の28)

 これらみな、「第1条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。 」ということになっている。これら拡大解釈しようと思えば際限なく拡大解釈できる。国民全員を自由自在に逮捕できるといっていい。警察は、そのあたりをよろしく運用して、普通の市民生活を妨げないようにしているわけだ。軽犯罪法をそのままにしたままで、取締を厳格化しただけで、恐るべき管理国家・警察国家が完成することになる。