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 天体観測、設計、計算。かつて我々の祖先が発明し、世界中で広く使われていた優れた道具は、今は博物館で眠るのみ。代わりに現在の私たちは、日々マウスとキーボードを操作しディスプレイを見続けるばかり──。仮想世界の膨大な情報や汎用性と引き換えに、私たちは現実世界の優れたインタフェースを捨ててしまったと、石井裕氏は指摘する。同氏が世に問うているのは、かつての道具が備えていた豊かな感触や分かりやすさと、デジタルの情報を融合させる「タンジブル・ビッツ」というインタフェースの思想だ。

■石井さんの提唱するタンジブル・ビッツの原点は、幼いころに触ったそろばんにあると説かれています。

 私がそろばんに関心を持っているのは、過去のコンピューターが持っていた、基本的な分かりやすさ、楽しさなどを原点に、今のコンピューターが失ったものをもう1回考えたいと思うためです。

 タンジブル・ビッツで一番大事なのは分かりやすさ、透明性です。入力、出力、メモリー、演算のメカニズム。そろばんはそのすべてが表面に出ており、人間が見て理解できる。一方、今のコンピューターは難しく使いにくい。なぜなら、ブラックボックスの中身を人間が理解できないからです。そろばんのシンプルさ、分かりやすさは、未来の人間と情報の関係を考える上で大きな示唆を与えています。

 もう一つ大事なのはアフォーダンス(affordance)です。そろばんは楽器にも、おもちゃの電車にも、背中をかく孫の手にもなる。そういう物理的な特徴、特性は、手で触れればすぐ理解できる。今のコンピューターにはそうした感触が欠けています。

■現在のGUIやパソコンに対する石井さんの考えをお聞かせください。

 ダグラス・エンゲルバート氏が68年に、人々の知的活動を支援するための革新的コンピューターシステムのデモを披露してから40年が経過しました。彼の示したGUIのアイデアは、改良されたり、いろいろなバリエーションが発明されたりしました。

 しかし、多くの人が誤解しています。同氏の提唱したビジョンの本質はマウスやGUI、パーソナルコンピューティングではありません。「コレクティブインテリジェンス(知の結集、集合知)」です。同氏の本質的なビジョン、哲学は、まだ最初のプロトタイプさえできていないと思います。また、進化の系統樹で言えば、GUIはデッドエンドに近い。大きなジャンプができないところまで来ており、小幅な改良の繰り返しになっています。

 パソコンの時代も終わりに近づいてきたと思います。代わりに、ネットワークを用いたクラウドコンピューティングに移行する動きが決定的なものになっています。「Wikipedia」などWeb 2.0の潮流から、少しずつコレクティブインテリジェンスの萌芽が見えてきて、同氏のビジョンにつながる基礎ができつつある。そういう意味でエキサイティングですね。

■今後はどう研究を進めますか。

 幸い、タンジブルを始めて4年くらいたったころから、世界中で多くの人がタンジブルやアンビエントの概念を採り上げ、さまざまな研究や商品開発を進めてくれています。もちろん製品が普及するかという話はまだ先でしょうが、多くの人がタンジブルの理念に共鳴してくれたという意味では、一段落ついたと思います。

 僕らはアカデミアですから、僕らの研究というのは、世の中より先を行かないといけない。新しいフロンティアを切り開き続けることが一番大事なのです。ほかの工学系の学校や企業でできることはやってもらい、僕らは僕らにしかできないところに集中する。次に来る「ポスト・タンジブル」のビジョンやコンセプトをどんどん突き詰めていきたい。それが僕らの戦略です。