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 マイクロソフトで、日本語版Windows開発の総指揮を執る加治佐 俊一CTO(最高技術責任者)。日経パソコンの創刊25周年に当たり、これまでの25年間を加治佐氏に振り返ってもらった。加治佐氏は今後のモバイルコンピューティングについても、切り札と考えているデータ同期サービスの展開を中心に語ってくれた。

マイクロソフトの加治佐俊一 業務執行役員 CTO(最高技術責任者)
マイクロソフトの加治佐俊一 業務執行役員 CTO(最高技術責任者)

■この25年間を振り返って、印象に残っている製品は。

 マイクロソフトには89年に入社し、すべての日本語版Windowsの開発にかかわったが、最も印象深いのはWindows 3.1だ。このバージョンから、パソコンメーカーごとにカスタマイズする必要がなくなり、1種類のWindowsを使う環境が整った。これによって、Windows対応アプリケーションの数が飛躍的に増え、Windows自身の普及にもつながった。

 Windows 3.0までは、例えばNEC版Windowsや富士通版Windowsといったように、メーカーごとに異なる仕様のWindowsを開発する必要があった。仮名漢字変換機能やフォントは各パソコンメーカーが提供しており、それぞれの仕様が異なっていた。このため、Windows対応アプリケーションを開発する際に、それぞれのWindows環境で動作を検証する手間がかかっていた。

 これに対してWindows 3.1では、マイクロソフトが仮名漢字変換(MS-IME)やフォントをWindowsとセットで提供する体制になり、Windowsの影響力が高まった。さらに、店頭でのパッケージ販売も始めた。

93年に発売した「Windows 3.1」
93年に発売した「Windows 3.1」
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