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 日建設計で、中国の仕事を一手に引き受ける。都市計画から超高層ビル、内装まで、担当するプロジェクトは13に及ぶ。そのため、現地での打ち合わせに頻繁に赴く。「すべての発注者と会うと最低1週間はかかるが、楽しんでいるので大変だとは思わない」と笑う。

 陸鐘驍氏が上海から日本に来たのは1986年。同濟大学の建築学科に入ったものの面白いとは思えず、中退して日本に留学した。ポストモダン全盛の日本で見た展示会に触発され、建築をもう一度、学んでみたいと思った。東京工業大学大学院の学生だった93年、日建設計で上海の設計コンペを手伝った。そのときの担当だった現・社長の岡本慶一氏に誘われ、日建設計の門をたたいた。

与条件を無視し2倍の規模で提案

 陸氏を成長させたのは、2001年完成の「上海信息大楼」と呼ぶ超高層ビルのプロジェクトだ。設計コンペから施工監理まで5年かかった。通信博物館やオフィスなどからなる通信事業のシンボルで、高さは288m。当時の主管、古川洋一氏(現・国際プロジェクトマネジメント室シニア・プロジェクト・マネージャー)の下、陸氏が中心となってまとめた。

 「古川からは、設計というより、リスクをどう管理していくのかを学んだ。さらに、『海外に出たら、すべてゲームだと考えた方がいい』という助言は参考になった」。陸氏はこう振り返る。

 ゲームといっても発注者との駆け引きに終始するという意味ではない。「どう提案していくか、両者がウイン・ウインの関係に持ち込むように楽しみながらやると建築の世界が広がる」(陸氏)。

 今春、本格的に工事が始まった「国際金融中心」は、まさにゲームを体現したプロジェクトだ。人口約500万人の寧波に新市街をつくる。当初は2ブロック・4棟が対象だった金融街のコンペで、陸氏は2倍の規模となる4ブロック・8棟の案を提出し、見事に勝ち取った。


1 中国・寧波で進む大型開発「国際金融中心」(右手)。設計が評判で左のシンボル棟の基本設計も特命で受注
2 最初に受注した区画の完成予想パース。同じデザインのビルを回転させながら配置した(資料:日建設計)

 「8棟をばらばらにつくったら街としてきれいではないし、効率も悪い。敷地を一体でなるべく浅く掘削して地下を利用。建物は同じデザインにし、風車のように回転させながら配置することで変化を付けた」と説明する。

 実施設計も終了、5haの敷地全面で杭打ちが終わった。この設計が好評で、新たに4ブロックのマスタープランなども特命で受注することができた。

 日建設計では2年前に中国に現地法人を設立。上位計画と施工監理を担う。その間の基本設計や実施設計は東京の設計室の仕事だ。これらを陸氏が一貫して束ねる。実績が実績を呼ぶ中国では、特命受注が3分の2を占めるという。

 目下の課題は人材育成だ。東京、上海ともに20代中心の若いスタッフが顔を並べる。かつて古川氏は、気になる部分をメモで書き置きし、調べさせた。上海信息大楼のプロジェクトを通し、この繰り返しで陸氏は独り立ちした。やり方は異なるにしろ、陸氏も自ら学ばせて後進を育成する考えだ。陸氏が室長になって4年、若手スタッフも育ちつつある。


陸鐘驍氏
1966年中国上海生まれ。86年中国同濟大学中退後、来日。92年東京工業大学卒業。94年同大学大学院修士課程修了、日建設計入社。2004年から設計室長、06年から日建設計上海の薫事長を兼務。02年から筑波大学非常勤講師(写真:本誌)