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建築史・建築批評家の五十嵐太郎氏による連載コラムを開始する。ゼロ(2000)年代とイチゼロ(10)年代との間の端境期を迎えている今、建築の向かう針路はどのように見えているのか。幅広い視点から読み解いていただく。


ヤンキーから建築を考える(第1回)


 最近、ヤンキーをめぐる議論を考えている。

 誰もが知っているのに、あまり語られないテーマだ。一方、同じサブカルチャーの議論でも、オタク系の研究や批評は急速に増えている。いや、既に飽和しているというべきか。大学に残り、研究職に進む人材は凝り性であり、オタクとの親和性が高いからだろう。今や国の首相である麻生太郎がオタクの聖地、秋葉原に出向いて演説したり、アニメやマンガのコンテンツの輸出が国策として奨励されている。

 建築の関連でも、2004年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展(第9回)の日本館において、森川嘉一郎が「OTAKU」(おたく:人格=空間=都市)をテーマに掲げ、膨大な数のフィギュアや秋葉原の変遷を展示した。オリエンタリズムとして有効に威力を発する、海外にアピールするソフトパワーなのである。

 だが、ヤンキー論はほとんど存在しない。オタク系では積極的に言葉を語るオピニオンリーダーが存在するのに対し、ヤンキーを代表する論客がいない。来年、筆者が編者となって、河出書房新社からヤンキースタディーズの本を刊行する予定なのだが、やはり類書がなく、書き手を探すのにもそれなりに苦労した。

東京メディアが見過ごしてきた“無意識層”の存在

 ヤンキーの世界に目を向けると、右寄りの(?)思想、行動、言葉使い、音楽、ファッション、デザイン、建築、コミュニケーション、メディアにおける表象など、様々な切り口を設定しうる。しかも、彼らはおそらく日本のサイレントマジョリティ、すなわちモノを言わない大衆である。ちなみに、「彼ら」と書いたのは、筆者もヤンキー体質を持たないからだ。むしろ、アニメ作品『新世紀エヴァンゲリオン』を論じ、1997年に著作デビューしたように、オタク系のサブカルチャーの方が詳しい。

 彼らは上京するよりも、地方に根付く。筆者の個人的な体験からいっても、地方から東京に移り、学歴が上に行くほど、周りのヤンキー濃度は確実に減っていく。東京のメディアから情報発信することがない。見過ごされ、抑圧された日本精神の無意識なのである。したがって、ヤンキーを考えることは、東京なき日本論につながるかもしれない。

 では、なぜヤンキーに注目したのか。

 きっかけは森田恭通(やすみち)である。『ケンズ・チャント・ダイニング』などの飲食店を手がけた、人気のインテリアデザイナーだ。彼は、女優の大地真央と結婚し、朝からシャンパンを飲んでいることなどが報じられ、一般のレベルでも有名になった。しかし、あれだけ売れっ子のデザイナーなのに、紹介記事ばかりで、彼に関する議論を読んだことがない。建築家なら若手でも、もっと批評的な言説が繰り出される。

 そもそもインテリアデザインの世界にはあまり批評がない。逆に手掛けた店が繁盛するかどうかという、そろばんではじくシビアな評価にさらされる。片や建築家は自ら言葉を語り、論理的にデザインを構築していく習性を持つ。学生時代からそのように教育を受け、トレーニングされているからだ。ゆえに、批評的な言説に乗りやすい。筆者が編集委員長を担当する『建築雑誌』(日本建築学会)でも、来年は商業系のインテリアを特集する企画を考えているのだが、建築出身か、そうでないかの違いは大きいと感じている。

「森田恭通問題」──デコトラに通じるデザイン?

 もっとも、倉俣史朗は例外的な存在だった。彼は建築家との親交も厚く、様々な批評が書かれている。シンプルでミニマル。浮遊感のあるデザインにピンポイントで装飾的な要素を添える。知性や趣味の良さを感じさせる禁欲的なスタイルは、建築家にも人気だ。乾久美子や中村竜治など、建築家が行うインテリアのセンスも倉俣に近い。

 だが、森田恭通のデザインは、その真逆である。ゴージャスで派手だ。過剰なまでの装飾は、改造車やデコトラにも通じるのではないか。ときにはトイレにシャンデリアを吊ったり、ニューヨークの飲食店に氷で彫った大仏や日本国旗を置くなど、悪趣味ぎりぎりのラインを走っている。

 こうも言えるだろう。大衆受けする分かりやすいキッチュさを、あえてデザインの側に取り込んでいる、と。だが、それを、論じるに足らないとは思わない。良質とされるデザイン論が無視する危険な“いかがわしさ”は、これまでに新宗教や結婚式教会の建築を調査し、本を執筆した筆者にとってはむしろ魅力である。これを仮に「森田恭通問題」と呼ぼう。

 次回は彼の作品を分析しながら、ヤンキーバロックの概念を見ていく。


[五十嵐太郎氏プロフィル]
建築史・建築批評家、東北大学大学院工学研究科准教授。1967年パリ(フランス)生まれ。90年東京大学工学部建築学科卒業、92年東京大学大学院修士課程修了。主な著書に、『終わりの建築/始まりの建築』(INAX出版)、『現代建築に関する16章』(講談社)、『戦争と建築』(晶文社)、『新編 新宗教と巨大建築』(筑摩書房)、『「結婚式教会」の誕生』(春秋社)など。2008年に第11回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示コミッショナーを務める。ウェブサイト「50's THUNDERSTORM」(http://www.cybermetric.org/50/)