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老年期・晩年期を迎えた建築家の役割とは

 建築家はいかに老いに向き合えばよいのか。連載での主題は壮年期・熟年期を過ぎた70歳以上の老年期・晩年期にある建築家の老いへの向かい方である。そして、それは建築家としての成熟期に当たるものになろう。

 この老年期から晩年期に至る老境の時期を人間の最も人間的な時代として提示したのは五木寛之(下山の思想)だと思う。私も同感で、職能人としての成熟の意味合いもあろうが、なによりも人間存在としての建築家の豊かさを最も生み出し得る時期にそれはあると常々考えてきたからにほかならない。

 老年期・晩年期にこそ見えてくる、建築家として生み出し得る豊かな世界を私たちはもっと検証する必要があるのではないか。美術の世界では晩年でのマチスや熊谷守一、片岡球子などの老境の奔放な感性を私たちは深く感じとることができる。こと「建築」にあっても同様な感性の発露の世界はあるはずではないかと強く感じてきた。

 老境の感性に導かれて、作品が以前より一層美しさを増してくるものもあるだろうし、自分の手に合う新しい建築の領域に出会っていくこともあるだろう。また、建たない建築、つまりアンビルドな建築の想念を描き出し、より豊かな建築のメッセージとすることも、老いに向かえばこその可能性として開かれてくるのではないか。建築家の老いとは、老いと共に職能者としての建築家の域から、人間としての建築家の域に入っていく高まり、それを求めて生きていく契機を含むものとして理解することもできよう。

 ここに来て、建築家の社会性や個性をもっと広く世間に伝えることは意義のあることだと考えている。なぜなら、私たちは2011.3.11直後に社会が抱いた建築家像があまりにも狭小で、希薄なのをイヤというほど思い知らされたからだ。その苦い体験は、いまだ生々しい。こうした事態に対して、老年期・晩年期の建築家が、若い世代の建築家たちのバックアップになれば心強い。そして、もっと豊かな建築のメッセージを社会に対して発信していくのも歳を重ねた建築家の重要な役割として期待されるところであろう。

日本と主要各国・地域との高齢化率の比較
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