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戦国大名が茶に没頭

 天下人の出現とともに戦乱の世が終結していくと、天下統一の気運、海外文化の受容と展開などが重なり、桃山文化が生まれました。例えば権力者の死後につくられた霊廟建築は、彫刻や彩色などで彩られ、極めて豪壮華麗につくられました。壮麗さが伝えられる豊臣秀吉の豊国廟は現存しませんが、その流れをくむ徳川家康の日光東照宮(栃木、東30選)において、その一端をうかがい知ることができます。

日光東照宮の眠り猫(イラスト:宮沢洋)
日光東照宮の眠り猫(イラスト:宮沢洋)

 また戦国大名の間で茶の湯が流行し、この時期には茶道も隆盛しました。茶道が草庵茶室の美を育み、千利休の待庵(京都、西30選)、織田有楽斎の如庵(愛知、東30選)などの名作を生みます。さらに後には、こうした茶道の好みが、住宅にも数寄屋風の意匠として取り入れられ、桂離宮(京都、西30選)聴秋閣(神奈川、東30選)などに展開したともいえます。

 絢爛豪華な日光東照宮と、わび・さびの世界を極小空間に凝縮した草庵茶室。相反しているようですが、宗教の世界ばかりでなく人間の思いが横溢(おういつ)したような様相には、共通しているところがあるかもしれません。