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江戸:庶民が主役の建築が登場

 それまでの時代と比べれば、江戸時代は平和だったといってよいでしょう。平和な江戸時代には商業の発達によって庶民の富裕化も進み、庶民が主役といえる建築もつくられています。

 まず宗教行事に民衆が参加するものが多く見られます。例えば、「一生に一度は」といわれ、多くの人たちが遠方から長野へ参詣した善光寺参り。鳥居を奉納する伏見稲荷大社(京都、西30選)の千本鳥居。そして老若男女がいつでも登山参拝できるように富士山を模してつくられた富士塚などであり、それらは宗教的な修行というだけではなく一種の娯楽要素も含んでいました。

会津さざえ堂(イラスト:宮沢洋)
会津さざえ堂(イラスト:宮沢洋)

 二重らせんの構造をもつ会津さざえ堂(福島、東30選)も庶民文化らしい建築です。本来は各地を巡礼する三十三観音などを一棟の堂に安置し、堂内を進むと、すべてを参拝したことになるという仕組みで、こうしたさざえ堂は関東から東北にかけてつくられました。

 もちろん歌舞伎や相撲などの娯楽そのものも盛んでした。日本最古の芝居小屋として金比羅大芝居(香川、西30選)が残っています。さらに娯楽ばかりでなく、庶民教育のために岡山藩が直営でつくった閑谷学校(岡山、西30選)もあります。