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 「このままでは伝統構法の家がつくれない!」--そう題したシンポジウムが、工学院大学(東京都新宿区)で7月12日、設計者や施工者らを組織する複数の団体によって開かれた。2007年6月の改正建築基準法の施行後、伝統的な木構造の建築確認申請がほとんど受け付けられない状態が続いているからだ。


工学院大学の講堂に約400人が集まった(写真:池谷和浩)

 会場は予想を上回る約400人の参加者で膨れ上がった。大工棟梁や設計者による“現場報告”や、研究者も参加したパネルディスカッションで浮き彫りになったのは、伝統構法を取り巻く状況の厳しさだ。パネルディスカッションには越海興一・国土交通省住宅局木造住宅振興室長も参加した。国交省が進めている対策を説明したが、事態の短期的な解決が難しいことが明らかになった。

 建基法は、確認申請する建物を各構造の仕様規定に合致させるか、あるいは適切な構造計算によって安全性を確認するかのいずれかを求めている。だが、伝統構法には仕様規定にそぐわない部分、一般的な構造設計法で評価しにくい部分が存在する。2000年の改正で「限界耐力設計法」が利用可能となり、いったんは建築確認を得られるようになったものの、07年6月の改正で審査が厳格化され、同設計法の審査のハードルが上がってしまった。


設計者の古川氏。「4号建築のような『小学生レベル』の建築物に、『高校生レベル』の審査が要求されている」と、違和感を表明した

大工棟梁の綾部氏。「大工の仕事は、節の位置など、木材一本ごとのくせを見極めて柔軟に行うもの」と、図面と現場を厳密に一致させることがそもそも難しいと説明した

武蔵工業大学の大橋教授。「建て主への説明責任を考えれば、一定以上の性能を持つことを客観的に評価できる構造でなければならない」と、科学的実証や、それに基づく仕様規定、設計マニュアルの重要性を訴えた

国交省の越海室長。確認制度への厳しい批判の矢面に立った。伝統構法が現在、厳しい状況に置かれていることなどについて、率直に認めた

 「伝統構法は建基法ができる前から存在する、日本の風土に合った構造形態。だが建基法の制定後もグレーな存在とされたまま、隠れるようにしてつくり続けてきたのが実態だ。2000年の改正で、やっと堂々と表通りを歩けるようになったと喜んでいたら、今度の改正が来た」。こう話すのは報告者の一人で、設計者の古川保氏(すまい塾古川設計室)。「頑張って限界耐力設計法を覚えたのに、同設計法を使うと自動的に構造計算適合性判定機関(適判)に送られて多額の手数料を取られ、しかも実質的に確認が得られない。限界耐力計算を使った建築確認は、まだ日本で3件しか下りていない」と実状を憂う。

 設計者から大工棟梁に転進した綾部孝司氏(綾部工務店)は、「大工技能には、手で覚える、体で覚えるものも数多い」と話す。腕を振るえない日々が続けば、せっかくの技能を忘れてしまうのではないかという不安を打ち明けた。「新たに伝統構法の住宅の新築を受注した。限界耐力設計法を使ってこれから確認申請をするところだが、確認機関に申請書を受け取ってもらえないことがある。国交省にはこの設計法で建築確認がきちんと得られるように、扱いを考慮してほしい」と訴える。

 これらの声を受け、国交省の越海室長らがパネルディスカッションで明らかにしたのは、今年度から進行中の「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会」(事務局:日本住宅・木材技術センター)の方針だ。今年から3年間にわたって、E-ディフェンスでの実大振動実験などで伝統構法の再検証を行い、最終的に「伝統構法を考慮した仕様規定」を告示するという。

 国交省は限界耐力設計法の柔軟な運用ではなく、新たな仕様規定を設けることを掲げた。それはなぜか。

 同委員会の主査で、パネルディスカッションに参加していた大橋好光・武蔵工業大学教授は、伝統構法を支持する設計者らが、限界耐力設計法を“建築確認を突破する道具”と捉えてきた風潮に、警鐘を鳴らす必要があったと指摘する。

 「限界耐力設計は、複数の構造要素をまとめて一質点系の構造体と見なし、荷重変形関係モデルなどに照らして安全性を検証する手法。対象となる建物全体を、そもそも本当に一質点系の構造体として見なして良いかなど、設計者や判定員には高度な工学的判断が必要だ。在来木造の仕様規定に基づく設計が『小学生レベル』なら、限界耐力設計は『大学生レベル』。このように高度な設計法を安易に簡略化するのは危ない」(大橋教授)。

 大橋教授は、「設計者だけでなく、建築主事(判定員)にも能力差があることを、行政側が認めたのが適判」と指摘する。限界耐力設計法が高度な設計法であるがゆえに、行政側も審査できなくなったと見る。

 これに対して国交省も「緩和側に振った振り子が(構造計算書偽装事件で)返ってきて、過度に厳しくなった」(越海氏)と、現状を認める。「今回の改正では、『確認業務の厳格化』によって手続きが非常に難しくなった。問題点は四つあると思う。木構造を理解している設計者が少ないこと。判定員も少ないこと。また、もともと限界耐力計算のチェックが難しいこと。施工が図面通りにはいきにくいことだ。審査側はこの状況で厳密なチェックを求められており、『あまり見たくない』というのが本音だろう。2000年の改正では、国は必要性能を基準として定め、設計者はそれ満たしていることを立証するという枠組みを定めたが、厳格化で上手く機能しなくなった。伝統構法を巡っては、まず2000年の改正後の状態に戻すことを目標にしたい」(越海室長)。

 現在は検討委員会が立ち上がったばかりで、まだ仕様規定化の見通しは立っていない。順調に実験が進むとしても、規定の制定は少なくとも3年後。これは今の状況が解決するような、短期的な対策が存在しないことも、同時に意味している。パネルディスカッションでは直近の「3年間をどうするか」も議題に挙がった。しかし、議論は収れんしなかった。

 パネルディスカッションを終えた後、会場からの質問を運営者が読み上げた。「昔からやっていることをなぜ今できないのか。建基法はどうしても守らなければならないのか」--。そうした根源的な問いもあった。この質問に答えた工学院大学教授の後藤治氏は、「適法化は大前提だ。これまでも我慢してきたのだから(あと3年も待てるのではないか)」と呼びかけたが、会場が大きく沸くことはなかった。

【運営者団体】
これからの木造住宅を考える連絡会
【参加団体】
住宅産業研修財団・優良工務店の会
職人がつくる木の家ネット
伝統木構造の会
日本曳き家協会
日本民家再生リサイクル協会
緑の列島ネットワーク