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 前回は21世紀に入って取り壊された戦前竣工の建物を紹介した。今回は戦後竣工の建物を紹介する。

 戦前の建物で建築的評価の高いものは、取り壊されるとなると、何かしら社会的な話題になる。しかし、戦後の建物は、いつの間にかなくなっているものが多い。日本の建築界が世界と肩を並べた1960年代~70年代のモダニズム建築、あるいはメタボリズム建築(新陳代謝を意図した建築)が、建築界での評価の高さとは裏腹に、一般の人にはほとんど顧みられないまま次々と取り壊されている。

 さらに、ここにきて80年代~90年代のポストモダン建築にも取り壊しの波が迫りつつある。菊竹清訓氏が設計した「ホテルコジマ」(1994年竣工)や高崎正治氏が設計した「第二大地の建築」(1994年竣工)などは、建築界からも保存の声が上がる前に、あっさり取り壊されてしまった。「古いものほど価値が高い」という尺度だけでは、今後、こうした建物を守っていくことは難しくなるだろう。

注:ここでは次のいずれかに当てはまる建物を掲載した。(1)日経アーキテクチュアもしくはケンプラッツで保存・解体に関する記事を掲載した建物。(2)日本建築学会(データ中のG)もしくは日本建築家協会関東甲信越支部(J)もしくはドコモモジャパン(D)が保存要望書を提出した建物。ただし、事実関係がはっきりしないものは除外した。図中の「G0701」は「日本建築学会が2007年1月に保存要望書を提出」の意味。
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■2000年以降に取り壊された建物

<1950年代前半竣工>

本牧スタンダード石油社宅(ソコニーハウス)
設計:A・レーモンド/1950年竣工/ 2006年取り壊し/ J0509

慶応義塾大学萬来舎
設計:谷口吉郎/ 1951年竣工/ 2003年取り壊し/ J0301


(写真:磯達雄)

日本相互銀行本店
設計:前川国男/1952年竣工/ 2008年に取り壊し/J0706 、D0606


(写真:倉方俊輔)

日活国際会館(日比谷パークビル)
設計:竹中工務店/1952年竣工/ 2003年に取り壊し


(写真:日経アーキテクチュア)

<1950年代後半竣工>

プランタン心斎橋店
設計:村野藤吾/1956年竣工/ 2003年に取り壊し


(写真:難波龍)

中央公論ビル
設計:芦原義信/1956年竣工/ 2000年取り壊し


(写真:日経アーキテクチュア)

東急文化会館
設計:坂倉建築研究所/1956年竣工/2003年取り壊し

<1960年代前半竣工>

学習院大学中央教室(ピラミッド校舎)
設計:前川国男/1960年竣工/ 2008年に取り壊し/G0804 、J0801 、D0802


(写真:日経アーキテクチュア)

呉羽中学校
設計:吉阪隆正/1960年竣工/2005年に取り壊し/J0503 、D0502・0504


(写真:倉方俊輔)

名古屋都ホテル
設計:村野藤吾/1963年竣工/2000年取り壊し

<1960年代後半竣工>

大学セミナー・ハウス内のユニットハウス
設計:吉阪隆正/1965年/一部を除いて2006年に取り壊し/J0611 、D0605


(写真:倉方俊輔)

出光興産京都支店
設計:村野藤吾/1966年竣工/2007年に取り壊し


(写真:難波龍)

福岡相互銀行大分支店
設計:磯崎新/ 1967年竣工/2007年に取り壊し/ G0612


(写真:島岡成治)

栃木県議会棟庁舎
設計:大高正人/1969年竣工/2007年に取り壊し/J0511


(写真:磯達雄)

国立国際美術館
設計:川崎清/1970年竣工/ 2004年に閉館、取り壊し


(写真:磯達雄))