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 新潟県中越地震による被災と全村避難、そこからの復興の歩み──。山古志地域(新潟県長岡市)の経験は、日本の国土のこれからの姿を探る際に、一つの参考となり得る。元村長としてこの動きを見守ってきた衆議院議員の長島忠美氏(自民党)に対するインタビューの第1回では「山古志の復興」、第2回では「東日本大震災」「首都圏の防災」について掲載した。

 第3回(最終回)では、中山間地域の将来像や、都市との関係のあり方について語ってもらった部分を掲載する。聞き手は、建築家の藤村龍至氏(藤村龍至建築設計事務所代表、東洋大学専任講師)が務める。

衆議院議員、元山古志村村長の長島忠美氏(右)。聞き手は建築家の藤村龍至氏(写真:日経アーキテクチュア)
衆議院議員、元山古志村村長の長島忠美氏(右)。聞き手は建築家の藤村龍至氏(写真:日経アーキテクチュア)

「限界感」を解消して農村に誇りを取り戻す

──国会議員として中山間地域の課題に取り組んでいきたいと著書(『国会議員村長―私、山古志から来た長島です』2007年発行)のなかでお書きになっていますね。どのような取り組みが必要になりますか?

長島 一つは、中山間地域の山というのが荒れてしまっているんですね。材木にしろ建材にしろ、安くて手軽なものがどんどん入ってくる時代がずっと続いて、山で木を切るっていうことのほうが高くなってしまった。それが日本の山を少し疲弊させているんじゃないかと。

 山古志にも、洋材で建てたような家はあるんですよ。もともとは自分の代で家を建てるときには、先祖が育ててくれた杉の木を切って使っていた。切った代わりにまた杉の木を植えて、一世代後、二世代後のために守っていく。そういうサイクルで生きていたのに、いつの間にか壊れてしまったんです。大切に杉の木を育てていれば、例えば材木を少し余分につくって都会の人に提供することができたかも分からない。それによって生活を変えることができたかも分からない。農村の話ですけれど、そういったことは山を守る上からも家族を守る上からも大切なんだろうと思うんです。だから日本の国土には、日本の材木がいちばん合うんだっていうことをもう一回、伝えたいなと。

 それから中山間地域の過疎の問題、いわゆる限界集落の問題ですけれど、これは日本の全体的な構造から考えなければならない。国が税と社会保障の一体改革を進めるとは言っていますけれど、いくら税金を納めてもサービスを充実させても追い付かない。これから東京でも高齢者が増えてくるという時代に、どうやって生涯現役の生活を送ることができるようにするか。同時に、家族で支え合うということをもう一回きちんと取り戻せるように、住環境であったり地域環境であったりをつくっていかないとならない。

 そのときに私はね、いま農村が高齢化していますけれど、戦後ずっと都市部に流出してきた我々の世代が現役世代を終わったら農村にUターンすればいいと思っているんです。ふるさとUターンあるいはIターンというのは若い世代に照準を合わせているけれど、むしろ東京で企業とかを勤め上げて現役世代を終わった人が戻ってはどうか。第二世代の子どもさんに東京は任せて、自分の故郷なり自分の望むふるさとに帰っていくことを選択したらどうかと。

 60歳くらい、あるいは65歳でUターンして、80歳を越えるはずの自分のお父さん、お母さんに手伝いが必要だったら一緒に暮らしながら、できる限り手助けをしていく。もしも先祖から残された田んぼや畑があるならば、そこを少し耕しながら自給をする。年金にプラスして、それで生活を支えていく。いま農村は疲弊をしているけれど、そういったことの受け皿になるようにしたいんです。お互いに支え合うといっても過疎が進んでなかなか支え切れない状況があるところに、限界集落という言葉が生まれてきたのでしょうから、少しずつでもその限界感を解消していく。だから農村の生活を、誇りを持つことができる形に戻してあげるところから始めるっていうのが私の持論なんです。