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 もちろん都市部を否定するわけではないんですよ。一方には、都市部で家庭を持って新しいコミュニティのなかで、例えば子どもを育てていく方もいる。自分が生まれたふるさとも持っている。それでいいと思うんです。ただ、いまのような話で、日本の農村には、これから期待をしていきたいなと。

生業を取り戻してこそ風景はよみがえる

──中越地震の後に、山古志に対する思い入れを語る人が目立ったというのは、ふるさとであるとかコミュニティであるとかが一瞬でなくなるかもしれない。そう気付いたことが理由としてあるのでしょうか?

長島 そうですね。当時、地震の後に同じ風景を取り戻せますか、同じ集落を取り戻せますかってよく聞かれて、村民にもマスコミの皆さんにも、取り戻せないかも分かりませんっていう話をしていたんです。けれど、我々としてずっと復興に携わってきて、棚田という景観、ふるさとという景観をみんなからまた見てもらうことができるようになってきた。それは農村という機能を我々が取り戻すことができたからなんですね。

 だから私は、最初に話したように生業を成り立たせることを優先にしたい、というふうに考えてきたつもりです。何十年とかかるかも分からない。みんなが喜ぶ同じ景観を取り戻すことはできないかも分からない。それでも、人が生活できる環境をつくってあげない限り、ふるさとの景観を取り戻すことはできないんです。

現在の山古志の風景。復興住宅の建設の取り組みで成果を上げている(写真:藤村龍至)
現在の山古志の風景。復興住宅の建設の取り組みで成果を上げている(写真:藤村龍至)

現在の山古志の風景。復興住宅の建設の取り組みで成果を上げている(写真:藤村龍至)
現在の山古志の風景。復興住宅の建設の取り組みで成果を上げている(写真:藤村龍至)

現在の山古志の風景。改めて造成の進む場所があるほか、被災した住宅がまだ残る場所もある(写真:藤村龍至)
現在の山古志の風景。改めて造成の進む場所があるほか、被災した住宅がまだ残る場所もある(写真:藤村龍至)

現在の山古志の風景。改めて造成の進む場所があるほか、被災した住宅がまだ残る場所もある(写真:藤村龍至)
現在の山古志の風景。改めて造成の進む場所があるほか、被災した住宅がまだ残る場所もある(写真:藤村龍至)

──山古志の場合は全村避難した後にもう一度、取り戻す機会がありました。そうならないことも当然あり得るわけですよね?

長島 東北地方を見ているときに、実はいちばん心配したのはそのことです。

 あまりにも多くの人命が失われてしまっているために、まず最小単位である家族というコミュニティを失ってしまっている人が非常に多い。支え合う家族を失ってしまった結果、地域コミュニティのなかで思いのすれ違いが起こってしまう可能性がある。

 それと被災地のなかに、支える側の人と、被害が重いので支えられる側の人がいるということではなく、地域全体がそっくりなくなってしまっているために全員が支えてもらわなければならない。避難生活を6カ月や8カ月で解消できるんだったら、それでもいい。けれど、これから先、3年、4年その状態が続いていくとしたら、いままであった支え合いを求めつつも、特に若い世代などはやむをえず新しいコミュニティのなかで生きていくことを選ばなければならなくなる。そうすると一方の側に、高齢者だけでコミュニティを再生しなければならない状態ができる。ちょっと心配だなって思いますね。