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落ち着いた晩年を送ったガウディ

―――その後、誰とも付き合いはなかったんですか?

フェリン ガウディはその後、何人かの女性と「食事に出かけた」とか、「付き合っていた」という噂はありますが、何も証拠は残っていません。失恋のショックは建築に没頭するひとつの原因だったという説もあります。

 ガウディは、ホモセクシャルじゃないかって噂もありました。でも、当時の富裕層のゲイサークルの人は、ガウディは仲間じゃなかったと証言しています。彼は晩年、女性が腕を曲げる仕草や耳の後ろのくぼみといった関節に魅力を感じると言ったそうです。70歳になってもそんなことを言うなんて、絶対にホモセクシャルじゃない、と私は確信しています。

―――ガウディは結果的に死後に評価されたわけですが、晩年は幸せだったのでしょうか?

フェリン ガウディの晩年は、それほど不幸ではなかったと思います。リウマチだったけど、天然の薬を使ったり、食事療法を実践したり、好きなゲームもあったと聞いています。音楽を聴くのも好きでした。仕事の後はサンフェリペ・ネリ教会のある下町まで歩いて行って、コーラス隊の練習を聞きに行ったりしていました。

―――ガウディが残した最後の言葉は何ですか?

フェリン 生涯最後の日、いつものように教会に向かうとき、「ねえ君、すごくいい話があるんだ。明日その話をしようね」と、一人の彫刻家に話をした、という記録が残っています。それが、ガウディが人と交わした最後の言葉です。最後の時期は、かなり落ち着いていたと思います。

―――最後にひとつ。フェリンさんがガウディと同時代に生きていたとしたら、ガウディと付き合っていましたか。

フェリン いえ。男性としての魅力は感じなかったと思います。

ガウディのデスマスク。サグラダ・ファミリアの彫刻家ジュアン・マタマラ作。ジュアンの父は、ガウディが建築家になる前から仕事を共にした仲間であり、親友でもあったロレンソ・マタマラ。ロレンソもサグラダ・ファミリアの彫刻家として働き、ガウディとは十数年に渡ってグエル公園の家で生活を共にしていた(撮影:川口忠信)
ガウディのデスマスク。サグラダ・ファミリアの彫刻家ジュアン・マタマラ作。ジュアンの父は、ガウディが建築家になる前から仕事を共にした仲間であり、親友でもあったロレンソ・マタマラ。ロレンソもサグラダ・ファミリアの彫刻家として働き、ガウディとは十数年に渡ってグエル公園の家で生活を共にしていた(撮影:川口忠信)
ガウディのデスマスク。サグラダ・ファミリアの彫刻家ジュアン・マタマラ作。ジュアンの父は、ガウディが建築家になる前から仕事を共にした仲間であり、親友でもあったロレンソ・マタマラ。ロレンソもサグラダ・ファミリアの彫刻家として働き、ガウディとは十数年に渡ってグエル公園の家で生活を共にしていた(撮影:川口忠信)
ガウディのデスマスク。サグラダ・ファミリアの彫刻家ジュアン・マタマラ作。ジュアンの父は、ガウディが建築家になる前から仕事を共にした仲間であり、親友でもあったロレンソ・マタマラ。ロレンソもサグラダ・ファミリアの彫刻家として働き、ガウディとは十数年に渡ってグエル公園の家で生活を共にしていた(撮影:川口忠信)