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強烈な円筒現る…1970年代:シブヤ・メタボリズム

 1970年代の渋谷では、パルコ東急ハンズといった個性的な商業施設がオープンして、人の流れを駅からその周辺へと広げていった。

パルコパート1。設計は大成建設、竣工は1973年(写真:ケンプラッツ)
パルコパート1。設計は大成建設、竣工は1973年(写真:ケンプラッツ)
東急ハンズ。設計は東急設計コンサルタント、竣工は1978年(写真:ケンプラッツ)
東急ハンズ。設計は東急設計コンサルタント、竣工は1978年(写真:ケンプラッツ)

 そうした新しい商業施設の中でも建築のデザインで注目されるのは、渋谷109(イチマルキュー)だろう。後にコギャルの聖地とも言われるようになるファッションビルだ。渋谷駅からすぐ西側の三差路に面して、強烈な塔のシンボル性を誇示しながら建っている。

渋谷109。設計は竹山実・駒田知彦、竣工は1978年(写真:ケンプラッツ)
渋谷109。設計は竹山実・駒田知彦、竣工は1978年(写真:ケンプラッツ)

 設計者のひとり、竹山実は日本において早くからポストモダン建築を手がけてきた建築家であり、渋谷109もポストモダン建築の一例として挙げられたりする。1970年代の渋谷を代表する建築であることに異論はないが、どう位置づけるのかについては別の見方もある。ここでは60年代にいったん遡って、これを考え直してみよう。

 1966年、渋谷駅とその周辺の建築に関連して非常に重要な動きがあった。渋谷再開発促進協議会の依頼に応じて、坂倉準三を代表とするグループが「渋谷再開発計画'66」をなるリポートを発表したのだ。

 これをつくったメンバーがすごい。坂倉の事務所から戸尾任宏や室伏次郎、東京大学都市工学科の丹下研究室から曽根幸一、パンデコンから近沢可也や林泰義、東京工業大学建築学科の清家研究室から村口昌之などといった、そうそうたる面々が名を連ねている。

 このリポートでは、渋谷の街の特徴を新宿や池袋と比較し、人の動線が中心部に集中しすぎている点に問題があるという。そしてこれを解消する方法として「アルケード構想」を提案する。

 この案では、渋谷駅の周りにある建物それぞれに、2階レベルで24時間通行可能な通路を設け、それを跨道橋で結ぶことにより歩行者専用ネットワークを広げていくことを提唱している。街区を超えてブリッジが延びていき、地上部と2階レベルをつなぐ縦動線を収めた円筒形のコアが街の中に林立する構想図は、チームX(註1)やメタボリズム(註2)の建築家が描いたプロジェクトと見まごうばかりだ。大胆かつ壮大な都市デザインである。

 この提案は実現に進むことなく、しまい込まれてしまう……はずだったのだが、そうではなかった、との説もある。坂倉建築研究所の現役所員で、2009年に開催された「建築家坂倉準三展」にかかわった萬代恭博氏は、「渋谷再開発計画'66」がその後の渋谷に影響を与えた可能性を示唆する。

 「渋谷109の設計には、坂倉のスタッフだった駒田知彦氏が当初から関わっていた。正面の円筒形は『渋谷再開発計画'66』の名残ではないか」。

 ポストモダン建築の特徴を示すと思われた渋谷109の円筒形は、なんと60年代のメタボリズム的な都市プロジェクトから派生したものかもしれないというのだ。確かに円筒形は、菊竹清訓の海上都市(1963年)や丹下健三の山梨文化会館(1967年)など、メタボリズム系の建築ではしばしば表れてくるモチーフだ。

 そう捉えると、竣工したばかりの渋谷ヒカリエも違った見え方になる。あの建物には地下からの垂直動線を内包した円筒形の“アーバンコア”なる部分が設けられているが、これもまた60年代メタボリズムの隔世遺伝と言えなくはない。

 真偽は分からない。しかし非常に面白い仮説である。70年代以降のシブヤ建築に脈々と受け継がれているメタボリズムの遺伝子。それは今でも見え隠れしているのだった。

 1970年代頃の主なシブヤ建築(建築名称:設計者、竣工年)

  • 渋谷パルコ(現・渋谷パルコパート1):大成建設、1973
  • ビラ・モデルナ:坂倉建築研究所、1974
  • 東邦生命ビル(現・渋谷クロスタワー):三菱地所、1975
  • 渋谷109:竹山実・駒田知彦、1978
  • ケゼットハウス:山下和正、1978
  • 東急ハンズ:東急設計コンサルタント、1978
  • シオノギ渋谷ビル:坂倉建築研究所、1980

註1:チームX……CIAM(近代建築国際会議)の古参メンバーに反発して活動したヨーロッパの建築家によるグループ。1950年代後半から60年代にかけて、変化に追随するダイナミックな都市の形を追求した。メンバーは、アリソン&ピーター・スミッソン、アルド・ファン・アイク、ジョルジュ・キャンディリスら。

註2:メタボリズム……1960年の世界デザイン会議を機に東京で発足。生物になぞらえて成長変化する建築や都市を構想した。メンバーとして建築家の大高正人、菊竹清訓、黒川紀章、槇文彦のほか、編集者の川添登らが加わっていた。