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先端的な文化が常に生まれてきた街、渋谷。そこでは、渋谷駅を中心として発展する街のなかで、数多くの話題の建築、名作とされる建築が生まれてきた。そんな「シブヤ建築」の歴史を、時代の移り変わりとともに追いかけてみよう。

駅と百貨店が誕生…戦前期:シブヤ未来派

 まずは戦前の渋谷駅の様子をおさらいしておこう。渋谷駅ができたのは1885年。日本鉄道の現・山手線の開通に伴うもので、渋谷駅は現在の埼京線ホームがある辺りに、木造平屋の小さな建物で建てられたという。

 日本鉄道が国有化されてから、渋谷駅は今の位置に移動する(1920年)。二代目の駅舎は切妻屋根がかかり、妻面にアーチ型の開口部をもつ建物だった。かつての国立駅に少し似ている。現在の渋谷からは想像もできないが、そんな牧歌的な木造建築が、渋谷の中心にあったのである。この駅舎は1930年には、鉄筋コンクリート造に建て替えられる。マンサード屋根を載せたこの建物は戦後まで残り、使われることになる。

東急百貨店東横店東館。渡辺仁の設計で、1934年に東横百貨店として竣工した。改修していることもあり古くは見えないが築後78年。駅再開発のため、2013年に解体が始まる(写真:ケンプラッツ)
東急百貨店東横店東館。渡辺仁の設計で、1934年に東横百貨店として竣工した。改修していることもあり古くは見えないが築後78年。駅再開発のため、2013年に解体が始まる(写真:ケンプラッツ)

 1907年には玉川電気鉄道が開通。以後、東京市電(1911年)、東京市営バス(1924年)、東京横浜電鉄(現・東急東横線、1927年)、帝都電鉄(現・京王井の頭線、1933年)と次々と新しい路線がつながっていき、渋谷駅は急速にターミナルとしての重要性を増していった。乗降客が増加するなかで、東京ではまだ珍しかった本格的ターミナルデパートの東横百貨店(現・東急百貨店東横店東館)が完成(1934年)。これは渡辺仁の設計による、白い壁に四角の窓が並んだモダニズムの駅ビルであった。

 そして1938年に地下鉄が開通するのだが、その線路は空中を渡って新設された駅ビルの3階へと突っ込んでいるのだった。駅の場所が谷底にあるという地形の条件からそうなったのだが、結果的にこれは昭和女子大学の田村圭介准教授が記事で既に指摘したとおり、未来派の建築家、アントニオ・サンテリアの建築構想案を思い起こさせるものになっている。

 山手線は既に高架化されていたため、渋谷駅の周りでは幾筋もの鉄道が空中を行き交っていた。戦前の渋谷は既に、SF雑誌の表紙に描かれたような“未来都市”だったのである。

 戦前期の主なシブヤ建築(建築名称:設計者、竣工年)

  • 東横百貨店(現・東急百貨店東横店東館):渡辺仁、1934