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●日経アーキテクチュアは5月、クリエイティブディレクターの永井一史氏、コミュニティデザイナーの山崎亮氏、建築ジャーナリストの中崎隆司氏による共著『幸せに向かうデザイン』を発行した。永井氏と山崎氏の協働は2008~09年のソーシャルデザインプロジェクト「震災+design」に遡る。

●当時の活動趣旨は継続し、博報堂は今年4月、「社会の課題に、デザインの力を。」を合言葉にソーシャルデザインの専門組織「hakuhodo i+d」を社内に設立。並行し、東日本大震災後には、復興のための商品、サービス、空間、仕組みなどのアイデアを公募する「震災復興+design」を進めた。

●原点となる「+designプロジェクト」の取り組み、永井氏と、当時まだランドスケープデザイナーの肩書きで登場していた山崎氏が、社会の課題を解く手段としてのデザインに寄せる期待、そして既に両者のキーワードとなっていた「幸せ」など──。これらの話題を巡る2009年の対談を再録する。


クリエイティブディレクターの永井一史氏は、NGOの広告にボランティア参画するなど社会的なコミュニケーション活動を開拓する。山崎亮氏は大阪を拠点に、ランドスケープデザイナーとしてまちづくりにかかわる。「震災+design」プロジェクトで合流した2人がデザインの社会性を巡り対話する。

左が山崎亮氏、右が永井一史氏。2009年の対談時の様子(写真:片柳 沙織)
左が山崎亮氏、右が永井一史氏。2009年の対談時の様子(写真:片柳 沙織)

永井 僕は博報堂に入社して制作にいたころは、ポスター、新聞広告、CMなどのアウトプットをつくることがデザインだと考えていました。ところがブランドコンサルティングの仕事もするようになり、ブランディングという考え方のデザインでもデザイナーのスキルは生きるという発見があった。より広い視野で、考え方のデザインと形のデザインを合わせ持った会社をつくりたいと考え始めた。そこで2003年に、HAKUHODO DESIGNという会社を立ち上げたんです。

 そのなかで個人が豊かに暮らすことって何だろうというようなことをずっと考えていました。デザインが果たせる役割が何かあるんじゃないかと思って。博報堂社内を見渡し、そうした広い意味のデザインに興味を持ち、共感してくれそうなデザイナーやマーケティングの人間、研究開発の人間など様々なフィールドから15~16人ぐらいのメンバーを集め、2007年には博報堂「+designプロジェクト」をスタートさせました。

 僕たちの仕事はクライアントから受注してから始まるものだったので、与えられた課題にどう取り組むかということに関しては、とても合理的に進めることができる。ところが、「+designプロジェクト」は何をやるかというところから始まったので、方向付けは少し難航しました。まず、暮らしを良くするという考え方から、「美しい暮らし」というキーワードが出てきた。さらに課題が山積している社会で美しく暮らすには、「正しい暮らし」ということもテーマとしてある、また僕たちがデザインやコミュニケーションの力を応用して解決していくべき問題というのは社会的なことなのではないか、と決めました。少しでも社会の役に立ち、しかも重要だと思いつつも人がまだアクションしていない課題がいい、ということでたどり着いたテーマの一つが「震災」です。

山崎 なるほど、そういう流れがあったんですね。僕がその「震災+design」に呼んでいただくまでのことを少しお話しします。

 僕は留学してランドスケープアーキテクチャを学び、日本に戻って地域生態工学などを学んだ後、就職したのが建築の設計事務所だったので、建築とランドスケープの設計の両方をやっていたんです。この両方の仕事をしていると違和感が出てきた。いちばん大きな違和感は、建築の設計はクライアントなどが分かっていて、個々のプログラムや用途のために形をどうするかと考えることができるのに、ランドスケープデザインのようなオープンスペースの設計は、根拠が見えないまま風景をデザインすることになってしまう。公園や広場には明確な用途や機能がない。根拠があやふやなまま、自分の感覚で線を引いていくのが、ちょっと嫌だった。それを乗り越えたいと思い、単純なことですけど、仮にでもクライアントをつくろうと考えたわけです。