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三菱の創業者、岩崎弥太郎が倉庫業を始めた場所

 建築主の三菱倉庫は、特別な思いを込めて江戸橋倉庫ビルの建て替えに踏み切った。それは「当社の歴史、変貌してゆくこの地との長い関わりに由来する」と、同社の新井マネジャーは言う。

 同社の発祥は、三菱グループの創業者である岩崎弥太郎が1876年、日本橋・江戸橋に蔵所を開設し、当地で倉庫業を営んだところまでさかのぼる。

 ほどなく1880年には、フランス人ジュール・レスカスの設計・監理によるれんが造の倉庫(2階建て7棟)が完成した。明治の時代風俗を描いた「開化絵」で知られる歌川広重(3代目、三代広重)が、この倉庫を「古今東京名所」で「江戸橋三菱の荷蔵」として1883年に描いたものが残されている。

三代広重が描いた江戸橋三菱の荷蔵(資料:三菱倉庫)
三代広重が描いた江戸橋三菱の荷蔵(資料:三菱倉庫)

 この荷蔵が、1923年の関東大震災で飛び火によって焼け落ちてしまう。被災した周辺の復興に併せて区画が整備され、江戸橋や昭和通りが現在の位置になる。その東側にあたる以前とほぼ同じ現在の敷地に1930年12月、江戸橋倉庫ビルが竣工した。これが今回保存する建物だ。

 地下1階・地上6階建て、耐震性と耐火性に優れた鉄筋コンクリート造の当時、日本を代表する近代的都市倉庫ビルだ。それから長く同社の首都圏における重要拠点として機能していく。

1931年ごろの江戸橋倉庫ビル周辺の航空写真(写真:三菱倉庫)
1931年ごろの江戸橋倉庫ビル周辺の航空写真(写真:三菱倉庫)
現在の江戸橋倉庫ビル周辺。2011年2月撮影(写真:勝田尚哉)
現在の江戸橋倉庫ビル周辺。2011年2月撮影(写真:勝田尚哉)