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隈研吾氏(写真:都築 雅人)
隈研吾氏(写真:都築 雅人)

 建築や街づくりで多くの人が連携するプロジェクトにおいて、いったい誰がリーダーシップを取ればよいのか。この点については、僕は決めない方がいいと思う。必ず行政の担当者がリーダーシップを取らなければいけないことはない。建築家、広告代理店など、そのプロジェクトの特徴に合った人が担えばいい。

 日本では、やる気のある首長や行政の担当者がいるところがうまくいっています。日本の建築家はそういうことにあまり慣れていなくて、いざプロデュースすると、デザインの展覧会のようになってしまいがちです。

 東日本大震災の復興に向けて5人の建築家で「帰心の会」をつくったのは、そうしたプロデュース機能を果たせないかと思ったからです。「みんなの家」をつくれたので、一部ではそうした機能を果たせました。

 ただ、こうした活動を通して、日本では建築家への信頼が非常に低いことも分かりました。復興のなかで大きな再建に関わったというよりも、限定した役割で。世間の期待はそのぐらいなのかと、非常に残念でした。そのあたりを超えようと、次は東北大学の先生とコラボレーションして、福島の原発地域の農民をサポートする活動をするつもりです。

 社会経済のなかで建築の占める割合は間違いなく減少しています。けれども、建築をつくるという行為を通して、人や企業など様々なものを巻き込む力や可能性は、むしろ大きくなっているのではないでしょうか。 

 たとえ小さな建築であっても、それをきっかけに多様な動きを起こしていって、イベントを仕掛ける──そんな、建築対影響力の倍率のようなものは高まっている。間違いなく、情報構造の変化やインターネットの力によるものでしょう。問題は、建築家がそういうものに対して、自分で自分を閉ざしている気がすることです。