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3つの世界遺産

 こうして今日まで続くギリシャ系とトルコ系の対立というキプロス問題の背景には、紀元前12世紀ごろにギリシャ系の民族がこの島に入植して以来、アッシリア、エジプト、ペルシャ、ローマ、ヴェネツィア、オスマントルコ、イギリスなど、様々な民族・国家がキプロスを支配してきた長い歴史がある。

 この複雑な歴史は、多くの争いを生んだが、キプロスを豊かな文化の拠点としても育てた。このことは、四国の半分程度の面積しかない島内で、建築に関連した世界遺産が3カ所も指定されていることからも明らかであろう。

 最も古いものは、ヒロキティアと呼ばれる新石器時代の集落跡で、紀元前6000年ごろから形成されたものである。集落内には300人程度の住民が居住しており、それぞれの家は円筒型の建物や中庭で構成されていたと考えられている。遺跡内にはいくつかの建物が復元されており、住居内に死者を埋葬していたことなど、当時の様子がわかるようになっている。

ヒロキティアの集落跡(写真:菅昌 徹治)
ヒロキティアの集落跡(写真:菅昌 徹治)
復元された住居(写真:菅昌 徹治)
復元された住居(写真:菅昌 徹治)

 また、島の西端に位置する古都・パフォスは、街全体が世界遺産に登録されている。市内には、岩を削って地下に作られた巨大な構造物群で、紀元前4世紀ごろ(ヘレニズム期)の貴族の墓と考えられている「王の墓」や、3~5世紀にかけて建設されたローマ時代の貴族の邸宅跡に残る豪華なモザイクなど、数多くの遺跡が存在している。

地下に作られた「王の墓」(写真:菅昌 徹治)
地下に作られた「王の墓」(写真:菅昌 徹治)
貴族の邸宅跡に残るパフォスのモザイク(写真:菅昌 徹治)
貴族の邸宅跡に残るパフォスのモザイク(写真:菅昌 徹治)

 加えて、内陸のトロードス山岳地帯に点在するビザンツ期及びポストビザンツ期に建てられた10棟の教会も、良好な状態で保存された農村地帯のキリスト教建築物として世界遺産になっている。これらの教会は、11~16世紀にかけて建てられたもので、石造りや木造の質素な外観にもかかわらず、内部には美しい壁画が残されており、長期間にわたって近隣の人々により信仰の中心として守られてきたことがわかる。

1502年建立のパナギィア・ポディトゥ教会(写真:菅昌 徹治)
1502年建立のパナギィア・ポディトゥ教会(写真:菅昌 徹治)