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96年4月、旧国鉄の鉄道橋を遊歩道として再整備し開通した筑後川昇開橋。再塗装や橋脚のひび割れ補修を終えて、11年2月に再び通行できるようになった。塗装色の再現やリベット溶接の採用で、完成当時の姿に近づけた。

 

筑後川昇開橋は旧国鉄佐賀線の鋼橋。現役の可動橋で、高さ30mの吊り上げ鉄塔2基とトラス桁2基の独特の姿が目を引く。船舶の航行のために、2基の鉄塔の間にある可動桁が昇降するのが特徴だ。03年5月に国指定重要文化財となり、07年8月には日本機械学会の機械遺産に認定されている(写真:イクマ サトシ)
筑後川昇開橋は旧国鉄佐賀線の鋼橋。現役の可動橋で、高さ30mの吊り上げ鉄塔2基とトラス桁2基の独特の姿が目を引く。船舶の航行のために、2基の鉄塔の間にある可動桁が昇降するのが特徴だ。03年5月に国指定重要文化財となり、07年8月には日本機械学会の機械遺産に認定されている(写真:イクマ サトシ)

 筑後川をまたいで福岡県大川市と佐賀市をつなぐ筑後川昇開橋が、2月から再び通行できるようになった。中央部の橋桁の昇降を目当てに観光客が訪れる。

 もともと旧国鉄佐賀線の鉄道橋として、1935年に建設されたものだ。佐賀線の廃止後は撤去する計画だったが、地元から存続希望の声が上がったので、保存のための補修工事などを実施。96年4月に遊歩道として再出発していた。

 約15年ぶりとなった修復工事では上部構造の塗装や路面の舗装などを施した。完成当時の姿をできるだけ残すように、当時の色に近い塗料を選び、鋼材同士は溶接せずリベットで一体化した。

 リベットは現在、ほとんど使われないので、まずは職人探しに奔走した。ダムのゲートには今でもリベットを使うところがあり、そうした工事を手掛ける会社に当たって、試験施工を実施し腕の良い職人を呼び寄せた。

 下部構造では、大川市側の陸上部にあるコンクリート製のP14橋脚に発生していた多数のひび割れを補修した。補修箇所周辺を水洗いした後、ひび割れに沿って上下20~30cmの幅ではつった。そこに亜硫酸リチウム溶液などを塗布して中性化を抑制し、繊維補強材一体型ポリマーセメントで断面修復した。

 全長は507.2mで15径間。船舶の航行を妨げないように、中央部の橋桁が昇降する。可動桁の長さは24.2mで、高さ23mまで昇る。可動桁に付いた滑車が鉄塔のレールに沿って動く。

 遊歩道の通行者数は、開通した96年度が9万4648人だったが翌年度から減り、2000年度は3万7255人まで落ち込んだ。しかし、06年度にテレビドラマ「のだめカンタービレ」の最終回の舞台となって通行者が急増。06~07年度は5万人台、08年度は6万6401人まで回復した。修復工事を終えて再開通した11年2月13日から28日までの通行者数は、地元メディアで取り上げられたこともあって9322人を記録した。

老朽化していた路面には、アスファルト系の防水舗装を施した。可動桁の上を通行できるのは、月曜日以外の午前9時台から午後4時台の毎時5分から35分まで。それ以外の時間帯は可動桁が上がっていて行き来できない(写真:イクマ サトシ)
老朽化していた路面には、アスファルト系の防水舗装を施した。可動桁の上を通行できるのは、月曜日以外の午前9時台から午後4時台の毎時5分から35分まで。それ以外の時間帯は可動桁が上がっていて行き来できない(写真:イクマ サトシ)

[プロジェクト概要]

■名称=重要文化財旧筑後川橋梁(筑後川昇開橋)保存修理工事
■施工場所=福岡県大川市大字向島地先~佐賀市諸富町大字為重地先
■発注者=筑後川昇開橋観光財団
■設計者(保存修理設計・監理業務委託)=文化財建造物保存技術協会
■施工者=江上建設・古賀組・横尾土木・江頭土木工業JV
■設計期間=2009年4月~11年3月(報告書作成などを含む)
■工期=09年7月~11年1月
■設計費=2748万9000円
■工費=2億5719万円

(日経コンストラクション2011年5月9日号の記事をもとに構成しました。文中の肩書や年令、データは原則として掲載時のものです)