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美術分野の中に分類されることもある「建築」に比べて、「土木」は地味で武骨なイメージが付きまとう。しかし印象派絵画の時代、土木施設は画家たちが注目したモチーフの一つだった。この時代に詳しい美術史の研究者、坂上桂子氏に聞いた。

──美術史に残るような絵画にも、土木とつながりがある作品が少なくないと伺いました。

坂上 桂子(さかがみ・けいこ) 1957年東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科を経て、2009年から同大学文学学術院教授。建設業団体の機関誌にコラムも連載中(写真:日経コンストラクション)
坂上 桂子(さかがみ・けいこ) 1957年東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科を経て、2009年から同大学文学学術院教授。建設業団体の機関誌にコラムも連載中(写真:日経コンストラクション)

坂上 私は主に、印象派やポスト印象派と呼ばれる19世紀後半のフランス絵画を研究しています。フランスでは皇帝ナポレオン3世の治世下で産業革命が浸透し、鉄道など近代的な公共インフラが都市部から地方へと急速に整備された時代です。

 この時代に活躍した印象派などの画家たちは、自分が生きる時代そのものを好んで描きました。公共インフラを描いた作品も多いのです。

──魅力あるモチーフだったと?

坂上 インフラ施設を主役に取り上げた絵も少なくありません。例えばモネは、パリのサン・ラザール駅を描いた作品を12点も残しています。またこの駅の近くにあるヨーロッパ橋という鋼橋は、カイユボットが描いたことで有名です。

 もちろん一方で、鉄道の駅や橋といった近代的なインフラ施設を、絵のモチーフとしてはふさわしくないと考えた人もいました。しかし印象派の画家たちの多くは、そこに新時代の美しさを感じた。彼らの先進的な感性と言っていいと思う。

──同時代のエッフェル塔も世間では美観上、賛否両論だったとか?

坂上 芸術家にとって、「何に美を見いだすか」は創作活動の一環です。その点でゴッホには、土木工事現場を描写した作品もあるんですよ。南フランスのアルルでゴーギャンと共同生活した住宅を描いた「黄色い家」という作品です。

 画面の手前に、道路上に畝のような隆起が描かれているのが分かりますか。この絵を描いた後にゴッホが書いた手紙から推察すると、ガス管の埋設工事の現場らしいのです。

 都市ガスも、フランスでこの時代に普及が進んだインフラでした。室内でガス灯を使うと、夜暗くなっても絵が描き続けられる。手紙からは、ゴッホの喜びが読み取れるんですね。ガス管の工事を絵のモチーフにまで使ったのも、彼が感じたそんな嬉しさが背景にあったのではないかと思うのです。

 この絵には、右端の遠景に鉄道橋を渡る汽車も描き込まれています。絵の隅々から、社会に続々と生まれてきた近代インフラに対して、彼が抱いたポジティブな思い入れが伝わってくるように感じるのです。