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上路式桁橋を下路式トラス橋に

 この箇所に掛かっていた旧霞橋は、元々1964年に完成した橋長31.29m、幅員4mの車道橋(上路式単純PC桁)。76年には、幅員1.5mの霞人道橋(上路式単純鋼床版鈑桁)が完成した。これらの鋼製橋脚に腐食が確認されたことから、今回の架け替えに至った。

架け替え前の旧霞橋で、手前が人道橋、奥が車道橋(写真:横浜市)
架け替え前の旧霞橋で、手前が人道橋、奥が車道橋(写真:横浜市)
架け替え後で、手前の仮歩道は6月までに撤去予定。架け替え時に、橋の取り付け道路などで場所によっては10%ほどあった勾配も緩和した(写真:安川千秋)
架け替え後で、手前の仮歩道は6月までに撤去予定。架け替え時に、橋の取り付け道路などで場所によっては10%ほどあった勾配も緩和した(写真:安川千秋)

概要図
概要図(資料:横浜市の資料をもとに日経コンストラクションが作成)
(横浜市の資料をもとに日経コンストラクションが作成)

 江ケ崎跨線橋の英国製プラットトラスを再利用した新たな霞橋は、構造形式も上路式から下路式に変わった。橋長32.96m、幅員は車道4m、歩道2m。取り付け道路や橋詰め広場も整備し、案内看板のほか、隅田川橋梁時代から使われてきた支承をモニュメントとして設置した。

 このプラットトラスが最初に使われたのは、日本鉄道土浦線(現在のJR常磐線)の隅田川橋梁だ。架橋は1896年で、2径間のプラットトラスと19径間の鈑桁で構成。通過する列車の荷重が増加したことで1928年に撤去された。

 撤去に際して、プラットトラスは翌29年に完成した江ケ崎跨線橋で再利用されることになる。新鶴見操車場をまたぐ橋で、プラットトラス2径間のほか、ポニートラス1径間と鈑桁1径間で構成していた。江ケ崎跨線橋も2005年度に架け替え事業が決定し、09年度に撤去された。

特徴的な格点部も再利用した。当時はピン構造が主流で、リベット構造は珍しい。くさびは、架設時に斜材の長さ調整で使われていた(写真:安川千秋)
特徴的な格点部も再利用した。当時はピン構造が主流で、リベット構造は珍しい。くさびは、架設時に斜材の長さ調整で使われていた(写真:安川千秋)
隅田川橋梁の時代から使われてきた支承は、霞橋でも再利用した。その一つを当時の色に塗装し、モニュメントとして橋詰め広場に設置した(写真:安川千秋)
隅田川橋梁の時代から使われてきた支承は、霞橋でも再利用した。その一つを当時の色に塗装し、モニュメントとして橋詰め広場に設置した(写真:安川千秋)