「インテリアデザイン業界でも、BIMは避けて通れない」

 祖父の設計事務所でCADオペレーターとして働く母の姿を見ながら育った思保美さんは、自分自身が岐路に立たされたとき、母が一生懸命に取り組んでいるCADやBIMの世界を初めて真剣に見つめた。そして、母が取り組む建築分野の一つでもあり、自分も関心があったインテリアデザインという世界に進もうと決心したのだ。2009年の暮れ、その思いを打ち明けた。両親は、「思保美のやりたいようにやれ」と専攻の変更で1年留年することを許してくれた。

 サンフランシスコ州立大学のインテリアデザイン学科は、学内で人気が高く競争も激しい。志望者約300人のうち50人程度しかパスしない難関だ。再度渡米した思保美さんは、一念発起し、この選考を無事に通過した。そしてインテリアデザイナーという新しい夢に向かって走り始めた。

 専攻を変更するとき、母の美砂子さんからは「米国の建築業界では急速にBIMが普及している。これからのインテリアデザイン業界でも、BIMは避けて通れない」というアドバイスを送られ、マスターすべきソフトの名前も告げられた。母の美砂子さんはその後すぐ、自分が講師を務めるBIMソフトの講習会に思保美さんを連れて行った。「娘には受付などを手伝わせました。その会場の後方で、娘はBIMのインストラクターとしての私の姿を初めて見たと思います」と美砂子さんは語る。

母から聞いたBIMソフトのことは頭にはあったものの、特にマスターするための行動は起こさなかった思保美さんだったが、約1年後、本格的にBIMソフトの習得を目指すきっかけが訪れた。2011年11月29日~12月1日に米国ラスベガスで開催されたイベント「Autodesk University」に、母に誘われて参加したのだ。

このイベントでプレゼンテーションを行う日本人若手設計者の練習に毎晩のように付き添い、発音や言い回しなどをアドバイスした。自社のBIM活用戦略を英語で語る設計者のプレゼンを何度も聞いた思保美さんの頭には、BIMというものの概念がしっかりとインプットされた。

 このイベントでのミーティングなどで日本からの参加者のために通訳を務めるかたわら、日米のBIMユーザーと知り合った。初めは母の紹介という形だったが、思保美さん自身がイベント参加者や見学先企業の実務者と交流を広げていった。「普通の大学生だと、これだけ多くの実務者と知り合うことはなかったでしょう。BIMを軸として人脈が広がったのです」と思保美さんは言う。

2011年のAutodesk Universityでは通訳としてサポート(写真:小林美砂子)
日本から参加したBIMユーザーとも交流が始まった(写真:小林美砂子)

2011年のAutodesk Universityでは通訳としてサポート(左)。日本から参加したBIMユーザーとも交流が始まった(右)(写真:小林美砂子)

 こうして、「BIMとは何か」、「BIMソフトでどんなことができるのか」ということを少しずつ理解していった思保美さんは、いよいよ自分自身でBIMソフトを操作することになる。

 2011年12月に日本に里帰りすると、米国で知り合ったRevitユーザーグループのメンバーが勤務する建設会社に1週間ほど通い、朝から夕方までRevitや3ds Max、PhotoshopなどBIMの実務者がよく使うソフトの特訓を受けた。このメンバーが作成していたBIM関連のテキストが、未経験者にも理解しやすいかをテストするため、当時、BIMソフトの未経験者だった思保美さんに協力してもらったのだ。

 「1日で1種類のソフトをおぼえるというハードなスケジュールでしたが、このときたたき込まれた基礎知識がコミュニティーカレッジの授業でもとても役立っています。先生がRevitの機能などを解説した後、課題を自分たちでやる形式ですが、内容もよく理解でき、復習のような感じでこなしています」と思保美さんは言う。

 このほか、思保美さんはソーシャルネットワークサービスのFacebookなどを通じて、日本のBIMユーザーと交流を続けている。例えば、コミュニティーカレッジで構造設計用BIMソフトの課題が出たときには、日本の大手建設会社の構造技術者に質問し、アドバイスを求めたりしている。

2011年6月、ロサンゼルスで開催されたRevit Technical Committeeに参加した母の美砂子さん(後列左から2番目)や日本のBIMユーザー。彼らとはFacebookでも交流を続けている(写真:小林美砂子)
2011年6月、ロサンゼルスで開催されたRevit Technical Committeeに参加した母の美砂子さん(後列左から2番目)や日本のBIMユーザー。彼らとはFacebookでも交流を続けている(写真:小林美砂子)