PR
5月21日に開かれた銀座街づくり会議の報告会。会場は静かな熱気に包まれた(写真:日経アーキテクチュア)
5月21日に開かれた銀座街づくり会議の報告会。会場は静かな熱気に包まれた(写真:日経アーキテクチュア)

 東京・銀座のまちづくりを追い続けて2年になる。この数年間、銀座地区では松坂屋や三越、歌舞伎座など大規模な建て替え計画が相次いで明らかになった。これを受ける形で、建物の高さなどを規制する地元発意の地区計画、通称「銀座ルール」が厳格化されてから半年。見直しの中心を担った「銀座街づくり会議」が、銀座らしさの基準となるガイドライン案を提示するというので、興味深く現地に足を運んだ。同会議を主宰する全銀座会は、町会や通り会の代表者など、銀座で商売を続けてきた旦那衆が中心となって運営する組織だ。

 200人は入るかという会場は地元関係者で満席、関心の高さをうかがわせる。以前の取材でお世話になった、松坂屋や森ビル関係者の姿も見かけた。

 地区計画の見直しに併せて、中央区は市街地開発事業指導要綱を改正し、開発事業者と地元との間で、銀座らしい街並みについて事前に協議する仕組みを盛り込んだ。協議の対象となるのは、敷地面積100m²以上の建築物および建築確認申請を必要とする工作物だ。銀座街づくり会議は、要綱上の協議団体として2006年11月、「銀座デザイン協議会」を設立した。

 報告会では、専門家として協議会に参加している都市プランナーの簑原敬氏と小林博人・慶応義塾大学大学院准教授が、検討中のガイドライン案を説明した。具体的な色や形の基準は示さずに、協議を経て変更した実例を示すことで事業者に自主的な判断を促す、という趣旨だ。実例集はこれからとのことで、少し意地の悪い見方をすれば、何も決まっていないとも言えるが、小林准教授は「決めないということを決めた」と表現する。

 後ろの席の男性は、おそらく事業者側なのだろう。終始物言いたげであったが結局まとまらなかったようで、最後はアンケートに向かい思い悩んだ末に白紙のまま席を立った。正直な気持ちだろう。開発を望む事業者にとっては、基準は明確になればなるほど対処しやすい。基準というものは一度明文化してしまえば、例外なくグローバルスタンダードとして運用せざるを得ない。ローカルな基準の実効性を保つために、ケースごとに基準を協議する、というプロセスそれ自体をルール化したことが、デザイン協議会のキモと言えるのではないか。

 銀座の街は、変化する遺伝子を引き継いできた。街づくり会議の三枝進・ギンザのサヱグサ社長は「銀座は多義性を抱えている。協議会は新しい矛盾をつくっていくための場」と含みのある言葉で報告会を締めた。官と民、ローカルとグローバル、地場の中小企業と海外の投資ファンド、様々な対立要素をエネルギーに変換しながら、銀座は変わり続けていく。その中にあって、相手を見て交渉する余地を残しながら、したたかにしなやかに生き抜いていく商売人。そのあり方もまた銀座らしい。