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 記者をやっていると、ときどきスピーカーとしてセミナーなどに引っ張り出されることがある。「話すのは苦手です」と断ると、上司は「これからの時代、記者も歌って踊れないとダメだ」と、わけのわからないことを言う。10年以上前のことだ。「普段、記事で書いていることを話せばいい」となだめられ、のこのこ出かけて行った。ところが書くのと話すのとでは大違い。出たとこ勝負では、思っていることの2分の1も話せない。以来、この種の仕事があるときは、自宅で時計を片手に最低3回、声を出して練習するようにしている。

 さて、東京都内のあるマンション管理組合の話をする。大規模改修工事を前にした施工者選定で、この管理組合は、最安値ではない2番手の建設会社に工事を発注することに決めた。十数社の候補のなかから最終選考に残った2社は、いずれも名の通ったゼネコンの子会社である。入札の結果、最安値の会社と2番手の会社との間には、数百万円の価格差があった。

 管理組合にしてみれば、1番札の会社を選んだ方が住民への説明が楽だ。「最安値の会社を選びました」で済む。にもかかわらず2番手の会社を選んだのは、より安心して工事を任せられると判断したからだ。自分たちにとって大切な買い物だから、価格だけでは選ばなかったともいえる。

 では、数百万円の価格差をひっくり返した“安心感”とは何だったのか。同種工事の経験や会社の経営状況、計画の具体性など、いくつかある。これに加えて説明の巧みさも、判断の分かれ目となった。

 2番手の会社は所長候補の同種工事の経験が豊富だ。プレゼンテーションの席では「この種の工事は、いくつも経験してきました」と堂々たる話しぶり。“任せて安心”の雰囲気がにじみ出ていた。さらに2番手の会社は、それほど大きくない工事に4人の社員を配置すると宣言し、「そこまでしてくれるのか」と思わせた。

 これに対して最安値の会社は、所長候補に役員クラスを配して挑み、この工事にかける意気込みを見せた。しかし、作業が入り組む“居ながら改修”の経験が読み取れない。プレゼンでの「勉強しながらやっていきます」の発言は謙虚さから出たものなのだろうが、管理組合のメンバーは不安感をもって受け止めた。

 建設会社が帰った後の会合で、管理組合は満場一致で2番手の会社を選んだ。会社と会社を比べれば、大きな差があるようには思えない。書類選考だけなら票は割れていただろう。選定を見守った百戦錬磨の建築設計事務所の代表は、逆転勝利した2番手の会社について「プレゼンが上手だね」と語った。

 公共工事でも、価格の安さ以外の要素を加味した総合評価型の入札が広がろうとしている。そうなると当然、選ばれる側には説明力が求められることになる。よく、建設会社や設計会社の人たちから「ウチは技術力はあるけれど、宣伝がヘタな会社だから……」という発言を聞くが、質の競争をするときには、品質を保つための根拠を、選ぶ側にきちんと伝えることが不可欠だ。

 これまで建設会社の技術者に必要とされた、品質・工程・安全・原価を管理する能力が“歌う”だとすれば、プレゼンテーション能力は“踊る”だろうか。今になって私は、「これからの時代、記者も技術者も歌って踊れないとダメだ」と若い記者に話している。