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 取材中にこんな言葉を投げかけられて、意表をつかれ、その通りだと感じた。言い放ったのは明治大学の菊池雅史教授。住宅の外装材に使われるサイディングのJIS規格改訂の取材で、材料の厚さと性能の関係についてやり取りしている最中に出てきた言葉だ。

 日本の住宅や建材は近年、主に現場での作業性への配慮から、より薄く、より軽くという方向に技術を磨いてきた。ただ、職人がいやがるなどの理由で本来必要な性能をほごにすることがあったら、これはエンドユーザーの論理が欠落した供給者のエゴで、本末転倒だと思う。建築の長寿命化が問われるいま、住宅とその部材は「もっと厚く、もっと重く」という価値観を見直す必要がある--菊池教授はこんなふうに主張する。

 6月5日付の日本経済新聞の企業総合面のトップ記事に「パソコン速く軽く 市場掘り起こし期待」という大きな見出しが躍っていた。こんな例に限らず、「薄く、速く、軽く」という価値観を起爆剤にして市場を掘り起こそうとする試みは多く、なんとなく世の中全体が急かされている。パソコンやケータイだけでなく、例えば自動車なども軽量化するほど省エネになるなどの理由があるようだ。

 しかし、住宅や建築により強く求められるのは「年月に耐える性能や機能」で、パソコンやケータイとは違う。菊池教授は「住宅に強く要求される性能は耐久性。一般に軽くなるほど耐久性は低下する。現在の日本の住宅が長持ちに耐えるかと問われたら疑問だ」と指摘する。皆、頭ではわかっているはずなのだが、「薄く、速く、軽く」という価値観に、過剰に切り崩されつつある気がしてならない。

 いかにドッグイヤーで産業のサイクルが慌しくなっても、それに比例して人の寿命が短くなっているわけではない。だからこそ建設界には、ブレない視点で物事を考え、判断する誇りを見失わないでほしい。「重さ」や「厚さ」を評価するということは、上っ面だけでなく、見えない部分の価値を見極めることともいえる。

 同じ日付の日経新聞をよく読むと「工作機械、建設機械、船舶--オールドエコノミーの復活が顕著」という一文も発見した。自分自身、「重く厚い」年代に入りつつあるからかもしれないが、「厚く、重く、いいじゃないか」と思う。