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 日経アーキテクチュア7月9日号の特集「されど、手すり」のために、ベテラン設計者、若手設計者に日ごろ「手すり」について考えていることを聞いて回った。なかでも印象に残ったのが、林昌二氏(日建設計名誉顧問)が話してくれたパレスサイド・ビルディングの階段改修のエピソードだ。

パレスサイド・ビルディングの地下1階、地上1階を結ぶ通称「夢の階段」
パレスサイド・ビルディングの地下1階、地上1階を結ぶ通称「夢の階段」

 上の写真は、パレスサイド・ビルディング(東京・竹橋、1966年竣工)の商業フロアにある階段。ここを訪れたことのある人なら記憶に残っている階段だろう。だが、よく見ると記憶とは少し違っているかもしれない。昨年、階段下部の手すりの上にO字型の手すりが付け加えられたのだ。

北側から見た全景(階段はステンレスパイプに架け渡したステンレスネットに段板を吊るという斬新な構造
階段はステンレスパイプに架け渡したステンレスネットに段板を吊るという斬新な構造

 以下は林氏の話。「昨年の初めのこと、ビルを管理する会社から『手すりが低くなっている部分に手すりを足してほしい」と相談があった。ここの手すりは上から下まで1本のステンレスパイプでできている。高さ1mほどのところにランディング(踊り場のように踏み板が広くなった部分)があり、ランディングよりも下は手すりが低くなっている。手すりを頼って階段を下りてきた高齢者がこの部分でつまづいた、とクレームがあったのだという。私としては大変うまくいったと考えていた手すりなので、最初は、本当にそんなことがあるのかしばらく観察させてほしい、とまで言った。けれども、いろいろな人が来る施設なので、事故が起きてからでは困るという管理者の考えもわかる。変な手すりを付けられるくらいならば自分でデザインしようと、スケッチを描いて、手すりを足した」。

 新たに付け加えた手すりの感想を聞くと、「何とか我慢できるものにはなったと思う」と林氏。ただ、林氏はこうした風潮を危ぐする。「この一件で世の中がますます過保護になっていることを感じた。こうした風潮が続くと、川や池にも全部柵をつけろ、ということになりかねない。それが本当の安全なのだろうか──」。

階段の下部を見下ろす
階段の下部を見下ろす

 パレスサイド・ビルディングの階段手すりは、建築基準法に違反していたわけではない。そもそも、建築基準法は階段手すりの高さを規定していない。けれども、万が一事故があったとき、「法には適合している」と言えば済むものではないだろう。管理者にとっては非常に悩ましい判断であったに違いない。林氏はこうも言う。「このビルの管理者は小さなことでも必ず相談してくれるのがありがたい。そうでなければ、とんでもないものを付けられていても知ることができない」。確かに、今回の特集でも、竣工時の手すりの上に、無粋なデザインの手すりが付け加えられている例を目にした。それに比べれば、この階段ははるかに幸せなのかもしれない。

 新旧の手すりの工夫や、手すりにかかわる法規のポイントなどについては7月9日号の特集をご覧いただきたい。