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 昨年7月、「世界平和記念聖堂」と「広島平和記念資料館」が、戦後に建設された建築物としては初めて、国の重要文化財に指定された。

 世界平和記念聖堂は、村野藤吾氏の設計により1954年8月に完成した。同じ場所には戦前からカトリック教会が建っていたが、1945年8月6日、広島に投下された原爆により破壊された。当時赴任していたフーゴ・ラサール神父は、世界平和の祈念と原爆犠牲者追悼のため、教会を再建しようと決意。1948年に設計コンペを実施した。ところが結果は該当者なし。さまざまな議論があったものの、最終的には審査員の一人であった村野藤吾氏が設計を手がけることになった。
 外観の特徴はコンクリートレンガを積み上げた外壁。所どころを出っ張らせて積んでいる。出っ張らせる位置は、村野氏が現場で指示をしたものだという。モルタルもレンガ面からわざとはみ出るように盛られており、全体的にざらっとした質感に仕上がっている。この凹凸のある外壁に太陽光が当たると細かな影ができ、立体感を感じさせる。
 聖堂の側面上部には三つの形の開口部があり、それぞれ「松」「竹」「梅」を形どったものといわれている。有機的でどことなく和を感じさせるデザインは村野氏ならではのものだ。

 一方、広島平和記念資料館は、丹下健三氏の設計で1955年に完成。1階部分のピロティーは特異な断面形状の柱で構成されている。被爆による壊滅的な状況からの復興と再生を象徴するような力強いデザインとなっている。
 もう一つの特徴は、80m以上にもわたる南北面のファサードを構成するルーバーだ。1.4m間隔で配置されているのだが、柱の上部だけは2本1組になっている。「吹寄せ」と呼ばれるこの手法は、日本建築の障子の桟などに用いられるものだ。近代建築のなかに日本古来の建築手法が取り込まれている。

 これら二つの建物は、所有者や管理者などによって、きめ細やかな維持活動がなされている。
 世界平和記念聖堂はこれまで3回の大規模修繕を行った。部材を更新するときには建設当初の意匠をくずさないような工夫がされている。たとえばコンクリート打ち放し部分では、新しく塗る部分が古い部分の色に近くなるように色を調合したモルタルを塗っている。

 広島市は2003年に、広島平和記念資料館更新計画の検討を開始した。老朽化への対応や耐震性向上の必要性も議論されたが、早い段階から建て替えではなく「保存」の方向性が打ち出されていたという。

 二つの建物はいずれも世界平和を願う、いわば象徴的な存在になっている。所有する人や利用する人たちは、建築的な価値とは別の意味でも「大切な建物である」という意識を持っている。
 いかに建築的な価値が高くても、所有者や利用者が「残していこう」という意識を持っていなければ、建物が後世にまで残ることは難しい。広島の地で、これらの建築物の重要性を多くの人々が認識していることが、戦後の建築物として初めて重要文化財指定を受けたことの背景になっているのではないだろうか。

(世界平和記念聖堂、広島平和記念資料館の動画コンテンツがご覧いただけます。下の【関連サイト】をご参照ください)