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建築設計から、構造設計や設備設計、まちづくりなどの分野まで見渡して、ここ1年で頭角を現した人物、活動がこれまで以上に注目される人物を、若手中心に10組選んで、1組ずつ紹介していく。最初は建築家の乾久美子氏だ。ルイ・ヴィトンなどの商業施設や集合住宅の設計で既に知られる乾氏だが、2011年以降の活躍は特筆に価する。

乾久美子建築設計事務所の乾久美子氏。2011年に東京芸術大学の准教授に就任(写真:柳生 貴也)
乾久美子建築設計事務所の乾久美子氏。2011年に東京芸術大学の准教授に就任(写真:柳生 貴也)

 2011年2月に宮崎県延岡駅周辺整備のデザイン監修者を決めるプロポーザル・コンペに当選、秋には東京芸術大学准教授に就任した。さらに、12年2月の宮城県七ケ浜中学校の設計プロポーザルでは最優秀に選ばれた。2011年度のJIA新人賞も受賞するなど、乾久美子氏の勢いは止まらない。独立して12年、店舗の内装やファサードからスタートし、今では建築教育や震災復興プロジェクトへと幅を広げている。

 乾氏が、建築家として注目されたきっかけは、独立して間もない頃に手掛けた「ルイ・ヴィトン高知店」(2003年)のファサードだ。その後、04年の「新八代駅前モニュメント」や「ディオール銀座」など、そのたびに話題となり、建築家として着実にステップアップしているように見えたが、自身は順調とは思っていなかったようだ。

 「独立直後は、店舗のインテリアや外装など、建築ではないプロジェクトばかり。自分が、内装やファッション系の建築デザイナーとしか思われていないのではないかという焦りが正直あった」と乾氏は振り返る。

「アパートメントI」(2007年)のファサード。東京・広尾の三方を囲まれた住宅街に建つ。地下1階・地上4階建てで、全てのフロアのプランが異なる(写真:阿野 太一)
「アパートメントI」(2007年)のファサード。東京・広尾の三方を囲まれた住宅街に建つ。地下1階・地上4階建てで、全てのフロアのプランが異なる(写真:阿野 太一)

 そんな矢先、初めての建築プロジェクトとなる「アパートメントI」(07年)の話が舞い込む。集合住宅の設計は初めてだったが、「これを逃すとイメージ払拭の機会はない」と、事務所の総力を挙げて取り組んだ。

 集合住宅の系譜を丹念に調べ、たどり着いたのが「表情のある集合住宅」だ。全周をガラス張り、全フロアを異なるプランとすることで、自然とエレベーションに多様性が与えられ、表情が生まれる。その斬新な設計は物議をかもしたが、ここからようやく「建築家・乾久美子」がスタートしたと同氏は話す。

 設計に取り掛かるとき、今ある建築がベストではなく、どこかに改善する余地が必ずあるというスタンスは変わらない。「使い手と一致する、今までにない建築をつくりたいという気持ちが強い」(乾氏)。

「フラワーショップH(日比谷花壇日比谷公園店)」(2009年)。東京・日比谷公園内に建つ。石張りの外観ながら軽く、薄く納めて重厚さを中和した(写真:柳生 貴也)
「フラワーショップH(日比谷花壇日比谷公園店)」(2009年)。東京・日比谷公園内に建つ。石張りの外観ながら軽く、薄く納めて重厚さを中和した(写真:柳生 貴也)

 09年に竣工した「フラワーショップH(日比谷花壇日比谷公園店)」は、同氏がテーマとしている「周囲の概念的、物理的なことがらを、どこまで広く、様々なレベルで建築に含められるか」を見て取れる作品である。背の高い箱が集まっている様子は、公園越しに見える霞が関の官公庁舎のようであり、その石張りの外装は日比谷通りの向かいに並ぶ日本生命日比谷ビル(日生劇場)などとも調和している。

 一方、建物の中に入ると、天井は遠く、ガラスの壁は存在を消す。木立の中に色鮮やかな花があふれているような、公園の延長空間として感じる。日比谷公園の入り口の脇という敷地の特徴を幾重にも取り込んだ建築だ。まずは様々な条件をリストアップしてじっくりと観察し、一気に多次元で問題を解くのが乾氏の設計手法である。