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弘前城天守を望む。2011年8月に撮影(写真:安藤 剛)
弘前城天守を望む。2011年8月に撮影(写真:安藤 剛)

 青森県弘前市は3月31日、弘前城の石垣を約100年ぶりに大修理することに伴い、天守を北西へ70m移動する「曳き家」工事を2015年夏ごろに始めると発表した。その準備工事として今秋に天守下の内濠を埋め立て、仮設基礎を設置する予定。

 弘前城と言えば例年、4月下旬からの大型連休中に桜が満開になる名所。弘前さくらまつりは4月23日から5月6日まで開かれる。天守と桜が水面に映る美しい光景は、今春のさくらまつりの後、数年見られなくなる。

 修理する石垣の範囲は、天守台南面約10mと東面約100m。工事は全体で約10年かかり、曳き家する天守を元の場所に戻すまでにも5年はかかる見込みだ。

 以下は発表資料。


弘前城天守が引っ越します!100年ぶりの石垣大修理を実施

 弘前城では石垣大修理へ向けての準備が進められています。石垣修理に伴い、弘前城天守は「曳屋(ひきや)」工法を使い、天守の北西70mに移動します。曳屋は2015年の夏頃に開始され、現在の場所に戻ってくるのは早くて5年後の予定です。

弘前城
弘前城

■弘前城本丸石垣修理事業

 弘前城本丸東面の石垣には、以前から膨らみが確認されており、修理の方向性について検討してきました。検討の結果、天守台南面約10m、東面約100mの範囲で石垣修理を行うこととなりました。

 2014年の秋頃には天守の下の内濠を埋め立て、天守曳屋工事のための仮設基礎を設置する予定です。このため、内濠の水面に映る天守と桜、水面に浮かぶ花筏(はないかだ)といった光景は、今年のさくらまつりの後にしばらく見ることができなくなります。

 2015年の夏から秋にかけて天守を本丸内側に曳屋し、石垣の解体工事が始まる予定です。工事には全体で約10年を要し、天守を元の位置に戻すまでにも、5年はかかると見込まれています。

修理範囲
修理範囲

想定図
想定図

■本丸東面石垣の歴史 ― 100年ぶりの石垣修理 ―

 明治29年(1896)、天守台下の石垣が崩落しました。その年のうちに天守を西側に曳屋し、弘前市出身の大工棟梁・堀江佐吉による石垣修復工事が始まります。翌年には修復が完了しましたが、今度は天守台北側の石垣が崩落します。結果、修復を終えたのは大正5年(1916)のことでした。

 明治~大正の石垣修理から100年ほど経過し、今再び天守の曳屋・石垣解体修理工事が始まります。

■石垣修理PR動画も完成

 石垣修理をどのように進めていくかの動画を作成しました。

■現存天守・弘前城

 1611年に弘前藩2代藩主、津軽信枚によって築かれました。もともとは華麗な五層の天守で、本丸西南隅にありましたが、1627年に落雷で焼失。再建しようとしたところ当時の法律「武家諸法度」で天守の新築を禁じていたため、9代藩主寧親の時代に、やむなく隅櫓の名目で幕府の許可を得て、1810年に現在の三層の天守が完成しました。

 弘前城の天守は、全国12か所の現存天守のうち、関東以北では唯一のものです。国の重要文化財に指定されており、弘前のシンボルとして人々に親しまれています。